コミュニケーションが苦手で、家族とさえうまく会話ができない54歳。

私は54歳になります。今までの人生の中で終始一貫して悩み続けているのは、人とのコミュニケーションの取り方が苦手というかまともにコミュニケーションがとれていない、という事です。 

 

自分の中で考えていることが人に伝えられないと思うことがしょっちゅうで、その度に落ち込み続けています。幼稚園児の頃、よその子と一緒にいるのが嫌でいつも部屋の片隅で一人で遊んでいました。たまにかくれんぼとかする時もあったのですが、鬼になっても「〇〇ちゃん、見つけた」とさえ言えず(人の名前を呼ぶのが怖い・恥ずかしい)ずっと鬼を続けていました。

 

小学生になって、ややましにはなってきましたがやはり本質的な性格は変われないのか、一人で遊ぶ方が楽しかった覚えがあります。年上の子が優しく遊びに誘ってくれることはあったと思いますが、自分から年下の子を誘う、という事はまずなかったはずです。おかげで、いじめられるとかいう体験もほとんどなく、もちろん自分が誰かをいじめるとかいった覚えも全くありませんでした。 

 

今考えると、子供の時に少しはいじめの体験があったならば、人間関係を上手く、ずるく渡るテクニックみたいなものも身についたのかもしれません。 今更ですが。

 

「言い訳をしない」というのは、正しいようですが、どんなに困っても嘘ついて言い訳をしないというのはとても不自由な性格だとしみじみ感じます。幼いころから人とのコミュニケーションが苦手なせいで、自分がどんなに不利になって、相手が嘘をついている時でも、言い訳せずに、ついには自分が悪くなってしまったことが度々あるようです。

 

随分と後の話ですが、40代も後半になって、当時勤めていた会社でも20年以上の勤続のベテラン社員となった時です。自分としては全く理不尽ないきさつで上司のパワハラの餌食になってしまいました。

 

私は自分が言い訳をしないので、人が言い訳をすることもあまり良くは思いません。元々はその上司の落ち度から始まったのですが、いつの間にやらこちらが悪者にされてしまい、事あるごとに罵倒叱責されるようになり、ついにはうつ病にまで追い込まれてしまい、半年の休職の後退職という事になってしまいました。

 

もう6年前のことなので感情も薄れかけていますが、「もう死のう」って毎日考えていました。もう少しうまく立ち回ることができたらこんなことにはならなかった、と後悔していますが、これも昔からの性格のせいだったのかもしれません。

 

なんとか、今も死なずにいるのは幸いなことなのですが、自分の性格は変えようがなく、今も人とのコミュニケーションは苦手なままで、家族とさえうまく会話ができません。

 

変わりたい、とは切実に思い続けているのですが無理かもしれません。

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