離人神経症で、症状は自分がそこの場所にいる感じがしない現実喪失感。

松田さん、こんにちは。他人にはなかなか理解されない私の秘密についてお話させていただきます。

 

私は現在42歳の工場で働いている者です。今の会社に入社して20年近くになります。私は約15年位前から離人神経症という病にかかりました。これは簡単に言うと現実喪失感です。

 

主な症状は
・自分がそこの場所にいる感じがしない。
・何か作業をしているときなど、集中している時は良いのですが、ふと我に返ると自分はなんでこんなことしているんだろうと感じる。などです。

 

ご飯を食べれば美味しい。夏は暑い、冬は寒い、痛い、苦しいなどの感情はちゃんとあるのに・・・目にうつるすべての物に対して、実感が湧かず生きている感じがしません。本当に毎日が辛く絶望感しかありませんでした。

 

急にこのような状態になったのではなく、少しづつ進行していき、気がついたら現実喪失感が私を支配していました。私はこの体の異常を初めは誰にも相談出来ませんでした。頭がおかしいと思われるのが怖かったのです。

 

ずっと一人で悩んでいたある時、ふと自宅にあった医学書を手に取り、調べてみたら、離人神経症という病だということに気づきました。その時の私は「病気だったんだ」「病気なら治療すれば治るんだ」と安心したのを覚えています。

 

しかし、現実はそんなに甘くはありませんでした。心療内科に2年ほど通い、カウンセリングも受けましたが現在も症状は続いています。もう受け入れるしかないのかな?とも思うようになりました。

 

仲の良い友人にも病気のことは話していません。おそらく理解されないでしょう。さすがに、、妻には病気のことは話しましたがあまり、気にしていない様子です。理解してもらえない苦しみはありますが、普通に接してくれている妻には感謝しています。

 

この病気の理解されにくいところに見た目が全く普通に見えるということがあります。もちろん、普通にコミュニケーションもとれます。本人だけが、この何とも言えない違和感に苦しんでいるのです。死んでしまったほうが、楽になるのでは?と何度思ったことか・・・

 

ただ、病院に通い、カウンセリングも受けたことで、この病気を発症した原因がなんとなく分かってきました。

 

2つ心当たりがあるのですが、一つは自分の子供の頃の家庭環境です。うちの父親は酒やたばこ、パチンコが大好きで、いつも両親は喧嘩をしていました。
借金もあったようです。狭いアパートで両親、私、妹の家族4人で貧乏暮らしでした。

 

父はある時、交通事故を起こしその後遺症から、たびたび頭が痛いと言うようになり、仕事を休むようになりました。そして、痛さを紛らわせるために酒を飲む。という悪循環に陥りました。私が、一番つらかったのは平日の昼間から酔っ払った父が近所をフラフラ歩いているのを学校帰りに見かけたことです。

 

友達も一緒にいたため、とても恥ずかしかったのを今でも覚えています。友達の普通の仲の良い家族をみては、「どうして僕だけ、こんなに苦しまなきやいけないんだ。別にお金持ちじゃなくてもいい。」と普通の家庭にものすごく憧れていました。

 

そんな父も私が20歳の時に亡くなりました。父は大工をしていたのですが、朝、自家用車で倒れていたのを、通りがかりの方が、発見し、そのまま救急車で運ばれていきました。くも膜下出血でした。父はその数日後に亡くなりました。

 

もう一つの原因が現在の会社での事です。その上司が今で言うモラハラ上司でした。とにかく自分の思い通りにならないと機嫌が悪くなり、気が弱い私はとにかく上司の機嫌が悪くならないように、毎日ビクビクしながら、仕事をしていました。

 

そんな辛い、子供の頃の記憶とモラハラ上司が重なり、精神の限界がきてしまったのかもしれません。気がついたら、現実喪失感の状態でした。

 

病院の先生も自分の精神状態を守るためにそうしているのではと言っていました。私はこの上司と離れれば症状が改善されるのでは?と最近思うようになりました。家族もいるし、急にはやめられないし、どうしようか?と悩んでいた時に松田さんの動画に出会いました。

 

今は副業からアフィリエイトを始めています。まだ、全然稼げていませんが、松田さんから学び、少しづつでも本来の自分を取り戻せるようになりたいです。読んでいただきありがとうございました。

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