プロフィール

2005年に独りで起業、独りネットビジネスにこだわり15年ほど。『独りネットビジネス』にこだわり約15年。在庫なし、初期費用なし、維持費なし、安定志向、独りでできていつでも辞められるビジネスを専門にやっています。

いじめ・人間関係のなやみ

「いじめはなかった」「活発ないい生徒でした」と生徒の事を知らない校長が語るいじめ自殺

私が子供の頃は今ほどいじめが陰湿ではなかったと思います。ガキ大将的存在が必ず存在しイタズラをし、ケンカもしていましたが、一人を集団でいじめたり、一人の人間に対してその人の人間性を否定するような事は少なくとも私の周りではありませんでした。

 

私の周りにそういった人間が存在しなかったのは、幸せだったのかも知れません。昨日は喧嘩していたが今日は一緒に遊んでいるって事は普通でしたし、喧嘩の理由にしてもいじめ目的ではありませんでしたので、喧嘩で友達をなくすって事はありませんでした。

 

いじめを見ればそれを止めるガキ大将もいましたし、周り全体がいじめている人間に対して厳しい目を向けていたような気がします。それでもいじめをした人間に対しても排除する事もなく子供たちは自分たちの社会を構築していました。

 

現代のいじめ問題・・・

 

集団で一人の人間を的にかけ、人間の尊厳そのものを破壊し、悪びれる素振りすらみせず、あたかもいじめられる側が悪いと自分の悪行を正当化しその親ですら我が子の正当性が正義であるかのごとく振舞う・・・

 

親の教育、義務教育のあり方、人間としての資質、社会の存在意味、大人の振る舞い、どれ一つ取っても子供に自慢できる物は無い様な気がします。

 

大袈裟かもしれませんし、悪い事ばかりではないと信じたいですが、人が見ていなければ何でもアリ、皆と同じ事しているだけで何が悪いの?と自分の行動や考えにあまりにも責任を持てない人間が多すぎます。

 

そんな親が育てた子供の行動が価値のあるもののはずもなく、そのような人間で構成された社会・・・社会主義、共産主義、民主主義、資本主義、どの社会がいいの?なんて語る前に他に考える事があるだろう!矛盾だらけの現代主義・・・

 

信じるのは自分だけ、「人のふり見て我がふり直せ」なんて言葉は過去の遺物、「人ふり見て真似しただけ」なんて言葉が似合いそうです。今や学校の先生がいじめに対して希薄であり、参加する始末。こんな質の悪い人間が聖職に就く時代・・・

 

学級崩壊もするわな!そして、生徒が自殺をすれば、「いじめはなかった」「活発ないい生徒でした」なんてその生徒の事など知るはずのない校長が語り、自分達の責任逃れを考える事だけに奔走し思い悩み、夜が明ければ何事もなかった様に振舞う人たち・・・

 

決していじめは失くならない・・・争いが失くならない様に・・・どちらかが存在すれば必ずどちらかが生まれる・・・存在価値のないものは存在し続ける程、価値のあるものは消えてゆく時代・・・

 

今から10年後・・・自分の存在はどっちの方向を向いているのでしょうか?今の自分を信じる様にしましょう!

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