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離婚して新聞販売店の店長だった父が軽い脳梗塞で入院し、生活保護の申請をした

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去年の4月。一人でアパートで暮らしていた父が、急性心不全の為に亡くなりました。享年78歳でした。父と母は30年前に離婚しました。その時わたしはすでに社会人になっており、家を出ていました。

 

母と妹は家を出て、アパートで生活。父はしばらくは家にいましたが、そのうちに家を離れ、父はどこかに姿をくらましてしまいました。借金から逃れるためだったのでしょう。

 

離婚の理由は明らかに父にあると思っていた私と2人の妹は、母の側に立って、母を支えていました。やがて私は結婚し、子どもが3人与えられました。その間、父の所在は一切わかりませんでした。

 

今から10年ほど前、ある町の行政から手紙が届きました。父がその町に生活保護の申請をしたので、子どもであるわたしが、父に幾らか支援できるか、確認の書類でした。

 

実に父の最後の姿を見てから約20年の月日が経っていました。父はその間新聞配達の仕事をして、販売店の店長まで任されていたのでした。しかし軽い脳梗塞のために入院し、幸い後遺症はなく退院できたけれども、もう配達の仕事はできないということで、生活保護の申請をしたのでした。

 

20年ぶりに父の所在が分かり、わたしは非常に複雑な思いになりましたが、同時に父が生きていてくれたことにホッとし、その後父が一人暮らしをしていたアパートを、訪ねるようになりました。

 

気丈な父で、一人で身の回りのことはすべてできると、一人暮らしを続けていました。なんどか孫たちを連れて、父に合わせてあげることができたことは、今思えば感謝なことでした。

 

妹たちは父をゆるすことができず、最後まで父に会いに行きませんでした。兄妹のなかではわたしだけが時折父を訪ね、一人で暮らす父の体のことを気遣っていました。しかし、一緒に住むことまでは実現できないままに、時が過ぎていきました。

 

そんなある日の午後。私の携帯に警察から電話があったのです。今朝、父が倒れていたのを、たまたま父の仕事の関係の方が訪ねた折に、発見してくれたのでした。

 

その方が発見したときは、まだ父の体は温かかったということなので、倒れてからそれほど時間はたっていなかったのでしょう。救急隊がかけつけて、蘇生処置をしてくださったそうですが、死亡が確認され、私のところに連絡が来たのでした。

 

ショックと後悔の念とともに、わたしは病院に駆けつけました。霊安室に入り、ただ寝ているだけのような姿で横たわっている父の姿を見た瞬間、ただただ「お父さん、ごめんね」と泣きました。

 

ひとりで逝かせてしまった悲しみに、泣きました。警察は状況から自然死と判断し、そのまま遺体を引き渡してくれました。家族関係などいろいろと尋ねられても、記憶が飛んでしまって、うまく答えられない状態でした。

 

それでもすぐに病院から運び出さなければならず、葬儀をどこで、いつ、どのようにするか。葬儀社の手配など、待ったなしで考えなければならない状況に追い込まれることは、悲しみにある遺族にとって、とても辛いことだと、身をもって体験しました。

 

それでも、父がアパートの中で倒れてすぐに、たまたま訪ねた方が、発見してくださったことは、悲しみのなかで、唯一の救いでした。神様がその方を、その日、父のもとへ行かせてくださったのだと思い、感謝しています。

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