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2005年に独りで起業、独りネットビジネスにこだわり15年ほど。『独りネットビジネス』にこだわり約15年。在庫なし、初期費用なし、維持費なし、安定志向、独りでできていつでも辞められるビジネスを専門にやっています。

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父の通夜や葬儀の1週間後、祖母が倒れ心臓マッサージや心肺蘇生をしたが亡くなった

松田さん、こんばんは。今までの人生の中で一番つらかった死は母方の祖母が亡くなった時でした。

 

私が小学生当時、両親が共働きだったこともあり、よく妹を連れて祖母の家に遊びに行っていました。祖母は市営団地の3階に一人で住んでおり、私達が住む家から歩いて10分くらいのところにあったので、何かあるたびにしょっちゅう行っていました。

 

特に学校が休みになる夏休みや冬休みには毎日のようにお昼ご飯を食べさせてもらっていました。

 

私が病気になると必ず祖母が病院に連れて行ってくれました。祖母も腰が悪い中、嫌な顔をせず、病院に付き添ってくれたことにとても感謝しています。

 

中学生になった頃には、思春期も重なり、あまり、祖母の家には行かなくなりました。もう、一人で家に居ることも寂しくなかったし、その頃は友達と遊んでいる方が楽しかったのです。本当にお正月にお年玉をもらいに行くくらいでした。

 

そんな祖母も私が20歳の時に亡くなったのですが、その時に、不思議な出来事がありました。祖母が亡くなる1週間ほど前に、私の父が亡くなったのですが、その時に父の葬儀の為に、母方の姉(叔母)家族が関西から来ていました。祖母の家は狭い為、叔母だけが祖母の家に泊まっていました。

 

そして、父の通夜や葬儀も終わり、少し、落ち着いてきたので、叔母家族が明日帰ろうかという前夜に突然、叔母から我が家に電話がありました。

 

電話の向こうから叔母の興奮した声で「おばあちゃんが、急に倒れたから早く来て!」と連絡がありました。私はとっさに家を飛び出し、祖母の家へ。

 

私が着くと、すでに救急車が来ており、私と叔母とで一緒に病院まで行きました。父が亡くなってまだ間もないのになんで祖母までが・・・私はとても動揺していました。
 

病院に着くとすぐに心臓マッサージやら心肺蘇生が行なわれました。しかし、そのかいも虚しく結局、祖母はそのまま、帰らぬ人となってしまいました。

 

そして、祖母が亡くなった後、家族みんなで話していたのですが、もし、祖母が叔母が帰る前日に倒れていなかったらどうなっていたのだろうか?祖母は一人暮らしだったのでしばらく、誰にも発見されない可能性も充分にあったはず。本当に偶然だったのか?

 

それとも、祖母が何かを悟ってその日に亡くなったのか?叔母と私に看取られながら死んでいった祖母は幸せだったのでしょうか?私は今でも年に2回、必ず、祖母のお墓参りをしています。そして、これからも続けていきます。

 

祖母にはとても良くしてもらいましたから・・・祖母には本当に感謝しています。お忙しい中、お読みいただきありがとうございました。

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