アドラー心理学の本を読みNLPを知った。量子力学やパラレルワールドも学んだ

私は人格障害の両親と継母の元で姉2人と共に育ちました。幼かった当時は父親の事を「突然キレる怖い人」という目で見ていました。実の母親は私が3歳の頃に離婚したらしく、当時の記憶はあまりありません。実の母と入れ替わるように継母が家庭内に入ってきたようです。

 

詳しく書くと物凄く長い文章になってしまうので割愛しますが、実の両親に共通しているのは在日2世である事と、生まれも育ちも東北である事でした。

 

当時の私には想像すら出来ませんでしたが、45歳になった現在、自身の経験や知識を動員して分析してみると、上記の共通点が父親に強大なメンタルブロックを植え付け、さらには人格障害への材料になっていったのだと思います。そしてその被害は私達子どもの人格形成において、多大なる悪影響を及ぼしたと言えます。

 

私が子どもの頃、家庭内で「おはよう」や「おやすみ」を聞いた事はなく、 「ありがとう」「ごめんなさい」という言葉の使い方すら、私は知らないまま小学校に入学しました。

 

朝になって小学校に行くと、みんなが先生や友達に「おはよう」を言っているのを見て、「朝、他人に会ったら『おはよう』って言わなきゃいけないんだな。」と本気で思っていました。

 

両親は自分のミスを正当化し、誤魔化すクセが有りました。何かと言うと「お前達は子どもだから分からないんだ!大人になれば分かる!」と吐き捨てられました。

 

子どもは親の背中を見て育ちます。親の事が大好きな子どもは親のようになりたくて、親がやっている事を真似しながら成長するでしょう。でも私達のような子どもは、好きとか嫌いとかの問題ではなく、お手本が眼の前に居る親しか居ないから、嫌でも同じような思考や行動パターンになってしまうのです。

 

自分のミスは誤魔化し正当化し、嘘をついてでも他人を悪者にします。「ごめんなさい」の言葉を聞いた事が一度も無いです。自分に自信が無いくせに見栄っ張りで、他人からよく思われたくて仕方がないのが見え見えです。強いものには巻かれ、弱い者には強気に出ます。

 

優しくして欲しいくせに、いざ優しくされてもスムーズなリアクションは出来ません。「ありがとう」の言葉を一度も聞いた事がないです。親について思い出した事をざ~っと書いてみましたが、私の子ども時代と変わりません(笑)我ながら、とても嫌な子どもだったと思います。

 

でも、劣悪な環境で「生き抜く」為に必死に付けていった知恵なのだろうなぁと今は思いますし、よく頑張って生きてきたねと労ってあげたい氣もします。こう思えるようになったのも、本当に最近の話ですが。

 

両親(継母)からの虐待、姉達からのイジメのおかげで、家庭内に居場所はありませんでした。いつも家族の顔色を伺いながらビクビクオドオドする毎日。

 

それでも「いつか継母がいなくなって実の母が戻ってくれば、幸せな家族になれるかも知れない」と、一縷の望みを持っていました。そして「自分が良い子にしていなければその希望すら叶わなくなる。だからどんなに辛くても我慢しなければ」と思っていました。

 

そんなある日、唯一の望みだった実の母親が再婚して子どもが出来たと聞きました。もう無理なんだな…僕だけのお母ちゃんではなくなってしまったんだな…暖かい家族に囲まれてみたかったなぁ…

 

一度でいいから、悲しい時にお母ちゃんの胸に飛び込んでみたかったなぁ…愛されてみたかったなぁ…抱きしめてもらいたかったなぁ…「よく頑張ったね」って、ほめてもらいたかったなぁ…

 

色んな思いが胸を巡る中、またあの日常に戻るのか…今度は唯一の希望もなくなった…という事に気付き、それからは「死ぬ事」ばかり考えるようになりました。

 

自分は何のために産まれてきたんだろう?我慢して我慢して我慢して良い子にして、一生懸命頑張っても愛してもらえないし、何一つ報われないし。このまま生きていっても、きっと良い事なんてないんだろうなぁ。不幸な未来しかないんだろうなぁ。だったら死んじゃった方がいいよな。僕が死んでも誰も悲しまないだろうし。どうやって死のうか・・・。

 

そんな事ばかり考えていたある日、私はある一冊の本に出会います。それは般若心経をマンガで解説してある本でした。父親が毎朝唱えていましたので、般若心経に抵抗はありませんでした。でも意味を考えた事もありませんでしたから、興味がわいて読んでみました。その当時、小学校5年生くらいだった自分なりの解釈はこうです。

 

色即是空 空即是色

色(目に見える物質)即(すなわ)ち 是(これ)空(くう)なり
空(目に見えない力)  即ち 是 色(しき)なり

 

「空(くう)」の解釈に関しては人によって様々な見解がありますが、
この本に書いてあった空とは
「磁力や重力、(人と人を引き寄せる)縁の力のように、目には見えないけれど確実に働いている力の事」とありました。

 

目に見える物質(色)と目に見えない力(空)が同じ?!って事は、今この現実もあるように見えるけど実はないという事?!って考えると、この苦しみも辛さも、本当はないって事?!ん~。そう考えると、そんなに辛くない氣がしてきたな…。

 

単純なのか般若心経が凄いのか分かりませんが、自殺を思い留めた当時の自分は新たな希望を見つける事が出来ました。自分は幸せな家庭の子どもにはなれなかった。それはとても悔しいし辛いけど仕方がないし、もうどうしようもない。だったら自分がそういう家庭を作ろう!」そう思い、新たな希望を胸に生きる事を選びました。

 

とは言え最悪な性格なのは自覚ありましたから、それの改善を最優先にしました。

 

頭の中にはいつも、お裁縫の時の細い糸が何重にも何重にもコンガラガッた映像が視えました。問題の根っこがとても深い部分にあって、そこの解決が出来ていないのに違う問題が絡みつき、さらにまた異なる原因が…というようにグチャグチャに絡みついた糸を切れないようにほぐし、ほぐれたと思ったら全く別な所と絡み合っていた事が分かり、最初からやり直したりを繰り返しました。

それはとても気の遠くなるような作業でしたが、「自分でも嫌いな自分を好きになってくれる人がいる訳ない。まずは自分で自分を好きになれるように頑張ろう!」と自分を奮い立たせながら、何年も何年もかけて性格の改善につとめてきました。

 

やがて自分も結婚し、2人の娘にも恵まれました。周囲からは順風満帆に幸せそうな姿に見えたでしょうが、実際はひどいものでした。親に愛された記憶がないので、子どもの愛し方が分からないのです。

 

泣いている我が子をあやすだけの事なのに、親としての知識も経験も少ない上に愛着障害を抱えた私には逃げ出したくなるほど苦しいものでした。大声で泣かれる度に「お前の子どもに産まれたくなかった!お前は親失格だ!」と訴えられている気がして、自分のほうが泣き叫びそうな毎日でした。

 

でも、これではいけない!と思い、育児書を沢山読んで赤ちゃんの事、愛情表現の仕方などを勉強しました。そして一つ一つ実践し子どもに接する事によって子どもとの絆が生まれ、産まれて初めて「愛される喜び」を知りました。自分以上に大切な命。こんな自分を必要としてくれる存在。

 

産まれて初めて「愛おしい」という感情も経験しました。「愛する」という言葉の意味を、私は子育ての中で子どもから教えてもらったのです。毎日忙しくて「自分の時間が欲しいな~」と思っていましたけど、本当に幸せでした。

 

そしてマイホームを建て、嫁の両親と同居をして生活し始めたある日の事です。いまからちょうど3年前くらいでしょうか。

 

とある出来事がキッカケで、私は1人、建てたばかりの家を出て家族と離れて暮らす決断をしなければならなくなりました。この詳細については、申し訳ありませんが伏せさせて下さい。わざわざ過去の生い立ちを書いてある、つまりその頃の事が原因であるとだけご説明しておきます。

 

自分なりに精一杯頑張ったのに…悪いこともせず真面目にやってきたのに…自分の悪い面と向き合って克服してきたのに…やっぱり俺は幸せになっちゃいけないんだ…

 

そんな思いがグルグルする中、どこかホッとしている自分もいました。幸せな毎日を生きていると、いつか不幸になるんじゃないか?と心の中で毎日ビクビクしていたからです。「あ~やっぱり自分は不幸な方が安心するなぁ」という安堵と共に、やっとの思いで手に入れた、愛する家族を失った絶望感。

 

元々物質欲が少ないので、マイホームなんてどうでも良かったんです。あんなに大好きな家族を失ったと実感した時、世の中の全ての存在が自分を否定していると本気で思いました。空を見ても建物を見ても、道行く見知らぬ人を見ても、ベンチもブランコも車も全てが自分を否定していると感じました。

 

「こんな世界に生きていても仕方がない。死のう。死ねば家のローンも終わるから、家族の生活は守られるじゃないか。」「というか、むしろ今を除いて死ぬべきタイミングなんてないんじゃないか?きっと今死ぬのがベストなんだ。」自分の中で死亡フラグが立った瞬間でした。

 

それまでの人生で自殺を考えた事は何度もありましたが、「生きたい」というパーセンテージが少しは残っていました。ですがこの時は間違いなく、100%死ぬ方向で意思が固まっていたのです。

 

それがある時、頭の中に「死ぬな」と伝わってきました。正確には「死んじゃだめだ」なのか「死んではいけない」なのか、言葉は分からないのですが。

 

よく実際にその場所にはいない「誰かの声が聞こえた」とか聞きますが、それとも違います。「頭の中に言葉が降りてきた」という表現をする人もいますが、それとも違うんです。間違いなく自分以外の存在から伝えられたメッセージなのですが、声のように音ではありません。

 

言葉のように、目で見える文字でもありません。「脳に意味が伝わった」というのが一番近い表現です。その時に「今を除いて死ぬタイミングなんてないはずなのに、何でそんなメッセージが?」と思い、出来るだけ冷静になって考えてみました。

 

そこで「今自分が自殺をすると、子どもの心に深い深い傷や責任を負わせてしまう」事に気が付いたのです。(済みません、詳細を知らない方からするともどかしい話ですよね)

 

「今すぐにでも死んでしまいたいのに、死にたいほど苦しくて嫌な生きるという選択」をしました。職場の近くに安いアパートを見つけて引っ越し、一人暮らしを始めました。

 

それから時間を見つけては本やブログを読み、スピリチュアルに出会います。世間知らずだったので、インチキスピリチュアリスト絡みのネットワークビジネスにお金を吸い取られたりもしました。「この生活を何とかしなければ!」という焦りと、「自分の人生は何のためにあるのだろう?」という疑問と、「自分の心、精神面を安定安心させて普通になりたい!」という課題と向き合う毎日です。

 

欲に支配されていない方が説かれる本来のスピリチュアルは素晴らしいと思います。その考え方や世界観に救われたのも事実です。ですがそれだけでは解決仕切れない問題もありますよね?そこを埋めてくれたのが心理学でした。

 

アドラー心理学の本を読み、やがてNLPを知ります。NLPをしっかりと学ぶには大金と時間が必要なので少しの知識しかありませんが、それでも私の心はだいぶ楽になりましたし、現実の問題をいくつも解決出来ました。そこから量子力学を知り、この世についての考え方が固まりつつあります。

 

収入等の現実は3年前と変わっておらず、どうにかしなければという焦りがないと言えば嘘になります。ですが現実を見る自分の目は、3年前とは全く別だと断言出来ます。スピリチュアル的に受けが良い言い方をすれば、パラレルワールドに移ったと言えましょうか(笑)

 

そして自分が自分に抱く感情も別物になり、少しずつですが自己肯定感を育みつつあります。関係ない話が長くなってしまい、済みませんでした。

 

とい訳で、死ぬよりも苦しい生きる選択をした結果、違う世界を生きる事が出来るようになりました。本来はこっちの世界が正解だったのでしょうけれど、人は環境で変わってしまいますからね。「自分以外の他人は敵」「この世は不幸なものだ」「自分は幸せになってはいけない」

 

この世に産まれ落ちた時は真っ白だったはずなのに、環境に影響を受けてこんな思い込み(観念)を持ってしまうものなんですね。そしてそれが「思い込み」と言う名の「勘違い」であると気付かなければ、一生そこから逃れられません。

 

出来るだけ多くの人がこの事に、少しでも早く気付けたらいいと思います。ありがとうございました。

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