プロフィール

2005年に独りで起業、独りネットビジネスにこだわり15年ほど。『独りネットビジネス』にこだわり約15年。在庫なし、初期費用なし、維持費なし、安定志向、独りでできていつでも辞められるビジネスを専門にやっています。

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親友が二人とも交通事故で亡くなった。一人は高校を卒業してすぐ、もう一人は20代

私には親友がいません。親友を持つことが出来なかった訳でもありません。若い頃ごく普通に友達仲間はいまして、その中でも高校時代から社会人になりたての時期までは親友と言える友ができました。二人おりました。

 

しかし残念なことに二人とも時期は別になりますが、二人とも交通事故で亡くなりました。一人は高校を卒業してすぐ、もう一人は20代半ばの事でした。

 

私は高卒で某企業に入社しました。入社研修後、工場での生産ラインにて経験実習を開始し体が慣れてきたある日、実家からの連絡があり友人の死を聞くことになりました。出勤日で就労時間内でしたが、たまたま休憩時間だった為電話を取り次いで貰うことができました。

 

母からでしたが電話中頭の中が真っ白というか例えようのないキーンという世界にいる感じでした。しばらくの間聴覚は遮断、目が廻っている状態だったのを覚えています。その後の会話は覚えていませんが、わかった、とりあえず今から帰ると伝えたと思います。

 

何を思ったか無意識に自然に、帰らないと、と考えたのでした。そして友人のところへ行かないと、と。その旨上長に伝えたところ、慰みの言葉も含めながら却下で納得してくれということでした。後で冷静に考えてみれば直近の親族でないのになかなか早退は認められませんね。

 

ただその時は身内も同然という感覚があったのか、抵抗して早退を訴えていました。ラインの人員に組み込まれいて大企業でしたので無理もないのかとも思いますが、緊急病人扱いや親の危篤などで嘘になりますが上手く処理してくれてもいいのではないかと考えたりして、悲しみと怒りと葛藤が入り混じっていました。

 

その日は一応泣きながらか作業を続けたとは思いますが覚えていません。その後友人宅に伺い火葬前に会うことが出来ました。呼んでも起きない友人を前に黙って座り続けました。やはり頭の中は真っ白です。まだまだ共に楽しく生きて行けるのに、まだまだいろいろな約束もあるのに、彼の未来が無くなったのですが、自分の未来も無くなったという絶望感で暫くの期間、宙に浮いていて何も考えられない感じの状態でした。

 

事実を受け入れられない状態だったのでしょうか。その後いつしか回復し、正常な生活は出来るようになり、以前よりもパワフルに生きるようになりました。

 

4年程で会社は退社し、全く違う業界での仕事に慣れた頃、もう一人の親友が亡くなりました。仕事のせいで少し距離が空いていた時の連絡で衝撃が大きかったのを覚えています。前回と同じ感覚に襲われましたが、何故か感情は以前にもましてかなり激しかったです。

 

事件扱いで解剖や家庭の事情の為、遺体には告別会場で会うことになりました。通夜からは二日間感情が爆発したまま泣き続けお別れしました。その後暫く考え続けたのは、何故?なぜ私の親友は二人だけでしたが全て死んでしまうのか?なぜふたりともを!?と神を恨み空を睨み続けたこともありました。

 

しばらくの期間は何をしても無感覚、無感動、無気力、もう空っぽの状態でした。いつしか復活しました。きっかけとなったのはふと耳にしたのか本で読んだのか覚えていないのですが、なにかに影響を受けたのだと思います。こんな風に決心していました。

 

悪いけど俺はお前ら(二人の友人)の分、楽しんで、思いっきり生きてやる!だからお前らの事は忘れちゃうかもよ!お前らが死んじゃうのが悪いんだ、でもお前らは年をとらなくていいね。俺が全開で人生を楽しんだ後、そっちでまた会おう!

 

そして、仕事、仕事、遊び、遊び、と忘れてしまえるように何でもムキになってやりました。冷静な時はこうも考えました。

 

やはり毎日、毎時間、一分一秒、悔いのないように生きないといけない。いつもやり残すことが無いように。

 

しかし、時が経つとそれも忘れるようになります。死を思い返す季節にはまた思い出します。その繰り返しです。彼らはそれを残してくれました。

 

今、ここに書いている間も思い返す時間になりました。この情報を提供するきっかけをつくってくれた松田さんには感謝します。ありがとうございます。

 

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