緊張するとどもることがあり、一回過呼吸になり、トラウマ。低身長が一番のコンプレックス

幼少期から身長が小さかったことが一番のコンプレックスです。小さいときはすごく嫌で嫌で仕方なかったです。社会人になり社会で働くようになり徐々にですけど、考え方が少しづつ変わってきた感じがします。

 

人それぞれコンプレックスはあるもんだなって、昔風にいえば三高そなえた人でも何かしら(体が火事でやけど痕でいつも長袖を着ていた人、足が臭い人、脇がの人、生まれつき膝が悪い人等々)コンプレックスあり自分だけではないと実感しました。

 

自分は健康の体があるから、これ以上贅沢は言ったら罰が当たりそうな気がして、何か自分が小さな籠の中でしか物事を考えれなかったんだなって思う。

 

人の目ばかり気にしすぎたら何もできなくなるし物事が偏る、これはみんな一人一人与えられた試練なのかと思うように考え方を変えられるようになったら、自然と肩から何か荷が下りたかのように、楽になれた気がしました。

 

後は緊張するとどもるとこがあり、発表会などみんなの前で話すときは笑われることが多く、一回過呼吸になり、それがトラウマになりみんなの前で話すのが今でもできません。

 

だから、講習会などありますと、当てられたら嫌なので、後ろの方でいつも見たり聞いたりします。後大人数の輪になると全くしゃべれなくなります。普通の人からすると、そんなこと大したことでないかもしれないけど、自分にしてみればこれだけはどうしても、直りません。

 

不幸の経験は、自分が小学生3年生の時によく遊ぶ本当に優しく思いやりのある友達がいました。いつものように学校が終わり、放課後にみんなでサッカーをする約束していましたが、時間たってもなかなか来ないので、今みたいに携帯とかない時代なので、家まで迎えにいくと警察がいっぱいいて、中に入れませんでした。

 

お父さんと二人暮らしでお父さんが仕事が首になって、今でいううつ病、当時はノイローゼと言っていた気がしますが、お父さんが絞殺して、それから自分も首つって死んでいたそうです。

 

あの時に一緒に帰りも行動していたら、もしかしたら助かっていたのかもしれなかったと、いつも春先になると思い出します。次の日は机に一輪の花が机の上に供えられていて、昨日までいた友はもう会えない、もういないと、感じることが当時はなかなかできなかったけど、初めてあの時に、小さかったけど、生があれば死もあるということを時間が立って認識したのかもしれません。

 

あまりにも早い友との別れが本当に苦い経験をしました。

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