数学アレルギーは今も続いている。ADHDに関して自己分析的に当てはまる事が多い

わたしが小学生や中学生のときは、発達障害や学習障害、ADHDなんて言葉はありませんでしたので、今考えれば、極端に勉強が苦手なクラスメイトなどは今考えれば学習障害だったのだろうと感じたりします。

 

自分は学習障害ではなかったと思うのですが、中学生になってからは極端に勉強が嫌いになりました。小学生の頃は授業中に学んだ事は人並み以上に成果が出せるタイプでしたが、中学生くらい の勉強の内容になると教科によっては自発的に勉強しないと結果が出せない内容になってきて本当に苦痛でした。

 

しかし小学校中学校時代の貯金で高校には進学したものの高校時代にはまったく通用しなくなり勉強に対しての苦痛は続きました。私の通った高校では数学が必修科目であったので数学をやるしかなかったのですが、数学をやる苦痛が当時は尋常ではなく、まったく取り組む事ができませんでした。

 

数学は特に自発的な理解をしようとする努力をしない限りまったく前に進まない科目である事が立ちはだかり、確か微分積分あたりからはまったく病的に手がつきませんでした。その時に数学の定期テストで生まれて初めて0点を取るという事になりました。

 

それまでの人生では考えられなかった事なので自分でも動揺し、自分の頭はおかしいのでは無いかと悩むようになりました。このままだと単位が取れずに卒業できない見通しになりました。

 

今考えるとこれは学習障害ではないかと思いましたが、詳しく調べるとそれまでの小学生時代や中学生時代から考えるとそういうわけではないようですが、何がアレルギー的なものが芽生えてしまったと感じていました。

 

この時から自分の普遍的な能力に疑問を持つようになり、数字アレルギーは今も続いています。ADHDに関しては自己分析的には当てはまる事が多く、おそらくそうであろうと思います。

 

普通のサラリーマン的な仕事をすればかなりの間抜けになっていたと思います。本能的にそういうゼネラリスト的な仕事を避けて生きてきたように思います。なので手続き的なものや事務的な作業は今も人並みにできません。

 

このような情けない自分が嫌でたまらなかったのですがもう40代の半ばを超えてしまったのでこれを今から帰るのは不可能だと最近悟りました。これからはこのような自分を受け入れた中でできる限りの事をやっていこうと決意しております。

 

パソコンの操作も数学に通じるイメージで、これからの生活では不可欠である事は承知しながらもアレルギー的な反応をしてきました。しかし今回は最後のチャンスと思い松田さんの方針を勉強しようと思っております。よろしくお願いいたします。

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