芸能人が路線バスの旅や各駅停車の旅で泊まらせてもらうテレビ番組があるが現実は・・

わたしが知る限りでは小学校や中学校あたりでは年齢的にも不安定なせいか、いじめに類するものは頻繁にあって珍しいものではなかったと思います。

 

わたしはいじめる側に回った自覚はないのですが、いじめられる側だったかというと、比較的スポーツも勉強も(クラスレベルですが)できた方なのでいじめられる側にはかろうじてなりませんでした。

 

元来元々根が明るい方ではなかったし人嫌いなところがあるので弱みがあったらすぐ標的になったかも知れません。社会人になって、飲み会の席などが嫌でたまらないので多分態度に出ていた時にいじめというか陰険な事をされた事は結構あります。

 

人付き合いか苦手だと何もしなくてもそのようなトラブルに巻き込まれたりするものですね。客観的に見るといじめという現象はなくならないような気がします。いじめる側は常に標的を探していますし、誰かがその標的になってしまう。

 

アリの世界で良く働くアリが20パーセントいて、まったく働かないアリが20パーセントいて、残りのアリはどちらでも無いような普通の振る舞いのところで、働かない20パーセントのアリを排除したら、全体の効率が上がるのかというと、排除した中の集団の中でやはり20パーセントが働かなくなってしまうといいます。

 

これと同じようにある共同体の社会集団で、いじめる人を排除したら、排除したその中でいじめる人が新たに出現したり、いじめられる人を排除しても、排除した集団の中でいじめられる役割の人が出来てしまったりするのかも知れませんね。

 

よく、世の中は悪い人はいないよという考え、性善説っていうのでしようか、と、世の中は悪い人だらけという性悪説という考え方があります。どちらもいいようによっては正しいのでしょうけれども、人間には二面性があるということなのだろうと私は思っています。

 

よく、芸能人が路線バスの旅や各駅停車の旅、ヒッチハイクや泊まらせてもらったりの旅をするテレビ番組があります。その中での一般人とのふれあいの中では、世の中の人々は悪い人はいないのでは無いかと思われると思います。(企画にヤラセが無ければですが)

 

芸能人や有名人に実際会う一般人はなんだかんだ言って一目置いているので親切に扱うことになるのでは無いかという考え方もありますね。その辺の一般人かいきなり止めてくれとか来るまで乗せてくれとかいってもうまくいかないこもが多いと思います。

 

まあその中でもある一定の確率で親切な方はおられるでしょうが。インターネットの掲示板などで他人の誹謗中傷か多いところを見ると匿名性の高いところで人間の醜悪な部分が見えてきます。

 

歪んだ人が書き込みをしているという考え方もありますが、人間一皮むけばこういう事を平気で言うようになる要素を誰でも持っているのかもとも思ってしまいます。

コメントは受け付けていません。