プロフィール

2005年に独りで起業、独りネットビジネスにこだわり15年ほど。『独りネットビジネス』にこだわり約15年。在庫なし、初期費用なし、維持費なし、安定志向、独りでできていつでも辞められるビジネスを専門にやっています。

人生相談や皆様からの応援メッセージ

世界初の衛星中継に成功したのは東京オリンピック。40数年で4K,8Kと映像技術は進化

私は1964年昭和39年3月生まれの53歳で、自営業で独立して7年になりますが中々売り上げは伸び悩み状態ですね。16964年と言えば開会式は10月10日、閉会式は10月24日に行なわれた東京オリンピック(第18回夏季オリンピック)が開催された年です。

 

10月10日と言えば体育の日として親しまれましたが祝日となったのは1694年(昭和41年)だそうです。2000年(平成12年)より10月の第二月曜日となり日、月の連休で年間休日が1日増えました。なんとなく気になり東京オリンピックについて調べてみました。

 

メダルのサイズは金・銀・銅メダルは共に直径9センチで厚さは3mm重さは金メダル90g・銀メダル82g・銅メダル69gだそうです、えっ・・3mmしかないのと思ってしまいましたが、世界中の競技者の中でメダル獲得者は競技数にもよりますがほんの数百人(400人弱)ですから、私的には想像もつかない価値がある物だと思います。

 

現在は国際オリンピック委員会(IOC)により大きさは直径70mm~120mm、厚さは3mm~10mm、重さは500g~800gに規定されているのだそうです、またまたえっ・・重さが500g~800gですから一番軽くとも500gと言う事はかなりの重量感があるんですね。

 

私は東京オリンピック見るためにカラーテレビが普及したと聞いておりましたが、調べてみたら日本でのカラー放送は1960年9月10日に放送を開始したそうです、当時のカラーテレビは非常に高価であり、カラーで放送される番組もごくわずかしかなく、あまり普及しなかったのが現実で当初のカラーテレビは50万円もしたそうです。

 

当時の国家公務員の初任給が19,100円ですから26か月分とかなりの高額だったと思われますが、29年の初任給が210,400円ですから給料換算で現在の5,000,000円相当になり高級車1台を書くような感じだったのかな?

 

当時は総天然色テレビと言ったそうで1968年頃から1970年代にかけて各社からカラーテレビが発売され大量生産になり値段がさがり爆発的に普及し1973年にカラーテレビの普及率が白黒テレビを上回ったと有りました。

 

40数年で4K,8Kと映像技術はすごいですね、世界初の衛星中継に成功したのも東京オリンピックだそうです、私の家に白黒テレビが登場したのはいつごろか記憶は定かではありませんが、小学生当時はテレビが有ったと記憶しておりますが、新品ではなくどこかでカラーテレビに交換したときの中古だった気がします。

 

この当時は何故かテレビに布がかけられておりとても貴重なもでした、当時からいじめはあったと思いますが今のような陰湿ないじめや、自殺に追い込むようないじめはなかったと思います、いじめっ子やいじめれっこなる言葉は存在しましたが、いじめたりいじめられた記憶はあまりありませんが今考えると仲間外れにされていた子はいました。

 

家庭の環境(貧乏)や肢体的障害の子がそのような対象になっていたと思います。何故か分かりませんが私は良くそこ子たちの家に遊びに行っていました、別に恰好を付ける気も有りませんし、自分が仲間外れになっていたわけでもありません、当時は普通に遊ぶ事が出来ました。

 

今の時代の様に、いじめられっこと仲良くすると自分もいじめの対象になるからいじめる側に回って自分へのいじめを回避するなどの必要はありませんでした。私の小学校は人数も少なかったし、田舎だったので親同士が全員わかるようなもんでしたので、今思うに地域的つながりは強かったと思います。

 

私の子供が小学生の時役員もしてきましたが、私の子供は23歳と26歳の時の子で周りには同年代の親御さんは少なくほとんどが年上の先輩方で小学校は6年間なので内の子が1年生の時は特に年上の方が多かったです。学年が上がるたびに同年代や歳の近い親御さんが増えいろんな話やいろんなイベント企画し始めたとき、私の中の良い先輩が、なぁ○○俺たちの子供のころと何か違わないかと言う話になりました。

 

私たちの幼少期の親は年間休日なる物は日曜位で休みがあっても百姓や、生活のために休みも少なく働いた時代ですが、当時の親御さんは全員ではありませんがほとんどが週休2日で私は日曜しか休みがない今でいうブラック企業と言うか零細企業にいましたが、先輩曰く、何でイベントに親御さんは非協力的なんだと、その先輩は自営で時間もあるせいか色んなイベントを良くそんなに考えるなと言うほど考えておりました。

 

時には市をも巻き込むイベントまで、イベントを手伝ってくれる親御さんは、ほとんどが同じ人達でした、この先輩が皆に直接お願いをして集まった人たちがほとんどです。そんな時事件が置きました全校生徒が100人足らずの学校でいじめが発生しその子供は他の学校に転校しました内容的には友達が口をきいてくれない的な内容はどうであれその子にとっては大きなことだったのだと思います。

 

その子供の親も特殊な方ではありますが、有るイベントの時内の子供とその方の子供が親の代表があいさつをしている時に(子供は2年)走り回ってふざけていたので皆の前で私の子供を一喝したら、逆に母親から私が一喝、「子供はふざけるのは当たり前」なぜ怒る必要があるのかと、その方は今は離婚をし子供は全員独立し子供はめったに家に来ないそうです。

 

そんなこともあり、先ほどのバイタリティーが溢れんばかりの先輩が○○俺は子供育成委員会を作るからと、役所とも協議をし、事務局は小学校に置き事務的補助は学校事務に協力してもらうことで決定したと、先輩曰く親と子供のコミュニケーションの時間を増やし子供の取り巻く環境を自分の子供他人の子供に関係なく、地域皆で見守ると言うものでした。

 

実際地域の方たちにもご協力を頂き年に数回のイベントを行い20年近く代々の役員さん達が続けてきましたが数年前に小学校の廃止と共になくなりましたが、私たちはその他に年に一度の地域全たでのお祭り開催し十数年が過ぎました今では参加者が多いときには1,000人を超えるまでになりました。

 

その子たちは今は成人を過ぎたり高校生となりましたが町で見かけると声をかけたりしています、確かにいじめは昔から有りますがテレビで普通に放映していたと思います。たまにBS,CS等で再放送しておりますが「作成当時の・・・・」等のテロップが良く流れますが今の時代では何らかのクレームが発生したりするのでしょうね。

 

たまに妻と外食に行き子供連れの家族を目にしますが親も子も携帯に夢中で会話もないそんな光景をよく目にします。この前の家族は親も子も携帯は無いが会話が無く子供はどうして良いかわからないようで上を見たり外を見たりとオドオドいた感じでした。

 

全員が家でもそうだとは限りませんがこの前もいじめについてちょっと検索してみたら政府のいじめの定義が変わったと有りました、自分なり定義を見てん~いじめの定義確かにこれはいじめですよと言う定義が必要とは思いますが、親が子供に目をかけ会話し現状がどうなのかと気に掛ける事も大事だと思います。

 

内では極力全員が揃ってからの食事としております、大体夜は午後8時くらいになってしまいます。妻も共働きなのでとても大変だと思いますが、長年そうしています、30歳超える息子の今日の会社での出来事や通勤途中の出来事など全員で話しをします。

 

日曜日も夜ご飯は極力全員そろうよにし普段はほとんど何もしない私ですが日曜日は私が食事を作ります十数年そうしてきています。バカじゃないのと思う方もいるでしょうが、内はそうやって来たと言う話です。

 

内は次男なので子育て中の悩みは諸先輩に相談したり毎日子供は実家に預けていたので聞いたりしましたがそれでも悩みはイッパイ有りました、何でも相談できるわけではないので、松田さんがおっしゃるように悩み等は共有出来て吐き出せる場所は絶対必要だと思います。

 

ネット検索で何でも出る時代ですが、一人一人考え方や言葉の意味の取り方が違うので、メール文章の解釈の違いでもめたりしますが、話し合いの様にいろんな意味で共有できれば、人生はきっと変化いたします、これからも幸せになる方がイッパイ増えますように宜しくお願いいたします。

-人生相談や皆様からの応援メッセージ

Copyright© 松田豊の公式ホームページ , 2020 All Rights Reserved.