仕事を失い借金の取り立てに追われ、精神的に限界。離婚し家を離れた日は自分の誕生日

以前一度商売を潰してしまったことがあります。それが一番辛かったです。家族三人で幸せに暮らしてましたが、いろいろな事情により離婚。最後に家を離れた日は自分の誕生日でした。

 

ちょうど子供が小学校に入学した時で、子供も本来通うはずの学校では無い学校に通うことになり友達もいない中辛いスタートで、唯一学校から帰って来て妻や自分に甘えている時間が幸せなんだろうと言う時期の自分の誕生日の日でした。

 

たまたま、休みの日でしたから何も知らない子供は物心ついた頃から誕生日はケーキを作って食べるものだと思っており、それは楽しそうにケーキを作ってくれました。そして、年齢分のロウソクを立てて火をつけて…その火を吹き消した瞬間に、ああ、終わったなぁって気持ちになりました。

 

今こうして、書いていても涙が溢れてくるほど心がズタズタにされてしまった日でした。あの日、最後に出て来た時、自分はなんと言って出て来たのか覚えて無いです。

 

多分、相当取り乱していたのだろうと思います。後にも先にもあのような誕生日はもう無いと思います。私は既に直系の家族は離れて暮らす妻子しか居ません。親も亡くなり、兄は若いうちに自殺しました。

 

それだけ、たくさんの人の死をみて来てますが、それ以上にあの時家族の元を去らなきゃいけなくなった事は、今までの人生で一番辛かったです。あの可愛いい盛りの子供を置いて離れなきゃいけない悲しさ悔しさ情けなさと言うものはなんとも言えないものがあります。

 

これは、ある程度身内の死に慣れてるのもありますが、実際、死別はこれはどうにもならない事です。たとえいかなる理由にせよ生き返ることはないのです。この世に居ないものは諦めがつく時がやって来ます。

 

それが、生き別れはそうはいかない。そうしてしまった自分をものすごく恨むし、いかにそうするしか無かったとはいえ、それを実行した事に対して、表現しようのない思いが込み上げてしまい、一瞬死を意識した事も確実です。

 

自分の場合は仕事を潰して失い借金もあり取り立てに日々追われてましたから、既に精神的に限界でした。唯一の救いは子供の笑顔でした。

 

それから二カ月くらい、自分は死に場所を探して車で寝泊まりしながら暮らして居ました。

 

ある夜、珍しく亡くなった兄が枕元に立って何も言わずに消え行きました。その時、俺はまだ死んでは行けないんだと我に返りました。

 

実際、金も尽き食料も尽き、燃料も尽きてしまい死ぬ寸前だったから枕元に立たれたのかも知れません。その日のうちに私は無事保護されました。これも偶然か必然か謎ですが、生きたいと言う意識が死にたい意識を超えたのでしょう。

 

しかし、それからと言うものどこか精神破損したようで、魂が抜けた様な状態になってしまいました。実際に死にかけた訳で、生きてるだけで幸せを感じる様になりましたが、欲望が無くなってしまい、金銭感覚もおかしいんです。

 

それから今年で、9年経ちました。ただ、時間が経っただけで、心と魂はあの日以来進化して無い事に最近気がついたのです。あの誕生日が去年の様に感じます。

 

今は妻子との交流はあります。その点は進化しましたが、9年やって進化しないままの仕事は捨てるべきだと思う様になりました。多分この仕事で潰したのに、またこの仕事をやってるから魂と心が、帰って来ないのだと思います。

 

何故、自営業で仕事選べるのに同じ仕事をしたのか。今は後悔してます。これを機会に、今後は仕事は変えるので、これで失った空走とも言える9年間を取り戻すつもりで、新しい事に取り組んで行きます。

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