共に生きた愛犬が15歳になり、腎不全で亡くなった時が本当につらかった

私の中で人との死とかよりも、愛犬との死が一番生きてきた中でつらかったです。人はというと、おばあちゃん、おじいちゃんはなくなりましたが、ずっと遠方にいて、年に1回ぐらい、3年会わないときもあり、母の家族が6人いて、あまり接触もなく、あまり親しみもなかったので、亡くなりましたが、つらかったっという感情があまりありませんでした。

私が小さい時から犬が大好きで、共に生き、ずっと生活を共にしてきた犬が亡くなった時が本当につらかったです。人はああだこうだうるさいし、すぐに手のひらを返したように裏切るし、助けたのに知らんぷりで、お礼も言わない、してもらって当たりまえみたいなたいど、時がたつと恩を仇で返す人、本当に心が醜い人ばっかり会ってきた気がします。

 

中には本当にいい人達にもあえましたが、そういう人はごく稀です。私は小さいときから、兄から虐待をずっと受けてきました、その後は、再婚した義理の父からも虐待、本当にこの世で生きていて楽しのか、心の底から本当に喜べる日がありませんでした。

そんな時に、高校の時に初めて犬をかえる日がきました。本当に弟みたいな存在が初めてでき、毎日こんなにも穏やかな優しい気持ちになれる日が来るとは思っていませんでした。

寝る時も、風呂入る時も、ご飯食べる時も、出かける時も、用事ないときはほぼいた気がします。人からみたらきっと、犬きちがいに見える事でしょう、でも唯一私の居場所だったきがします、生きる希望だったのかもしれないです。

 

日がたつにつれてだんだん年を取っていき、愛犬が15歳になり、腎不全になり、どんどん衰えていき、本当にショックでしたが、最後まで悔いのないように介護をしてあげようと思いまいた。

 

今までできていたことができなくなっていき、最後は苦しみながら亡くなりました。その後にペットロスになり、本当に今まで生きていたのに、もう本当にこの世の中からいなくなったと思うことがなかなかできず、こんなにも別れがつらいものかと初めて知った。

ペットロスから気持ちが振りきれるまで1年かかりましたが、ようやく思い出として考えれるようになり、この時に本当に励ましてくれる友達もできました。

犬を通して、色んなとこへ導いてくれ、楽しませてくれて、最後は命とは始まりがあれば、最後があるんだと人からではなく、犬から教えられた気がします。

 

一人なってこの別れを通して、少しは前向きに考えれるようになった気がします。

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