親は口は出すが金と手は出さない主義。妻はどんな時も傍観者的立場。娘だけが心の支え

両親が自営業で、子供の頃から家業を手伝っていました。両親は子供の教育に無関心でした。忙しすぎて子供の世話をする余裕がなかったんだと思います。幼い頃はほぼほったらかしで、近所のお家やお店に遊びに行っていました。今と違って近所の関係が密で、遅くまで居させてもらってました。

 

小学校中学年になって、ちょっとは仕事の役に立つようになると、休みとなったら必ず仕事の手伝いをさせられるようになりました。「親を手伝うのは子供の義務」という感じで強制的に毎日仕事の手伝いはさせられました。半面、子供の教育には無関心だったので、塾や習い事も一切せずでした。

 

上に兄がいましたが、兄にかけた教育費が無駄で結局レベルの低い高校しかいけないと分かると、私には一切教育費をかけませんでした。私にしてみればハイレベルの学校で、行きたくなかったのですが、会社の取引先で出身者が多いので、仕事のつながりができるかもしれないということで、無理矢理受験させられました。

 

自力でどうにか高校に進学できましたが、そこまでが私の限界で高校時代は勉強についていけれずずっと落ちこぼれのままでした。その後、高校を卒業をして、家業を手伝うようになった時も、有無を言わさず強制的に手伝わされるようになりました。

 

どんな時でも、親は私の意志は全く無視して、望まない環境に放り込む。しかし、そのためのフォローはしないというスタンス。仕事の技術を覚える時も、フォローは全くなし。自分で覚えるしかありませんでした。

 

家業が傾き、新業態にチャレンジした時も、突き放されるばかりで、金銭的なフォローどころか罵倒される日々でした。つまり、親は口は出すが、金と手は出さない主義で、その中でも精一杯努力してもたかが知れている。

 

大した成果がないと、躰を動かすばかりで、貧乏暇なしの生活を強いられました。母親は無理がたたって早く亡くなりました。父親は会社から金を出して楽隠居。兄は赤字部門にもかかわらず、そこにしがみついて会社の利益を赤字部門のコストに注ぎ込む。

 

いつも突き放された状態で誰からの支援もないのに、戦わないといけない状態になります。常に仕事に集中しないといけないので、外に出て人と交流する余裕もありませんでした。

 

必然心を割って話せる人もいません。今も困難の最中ですが、妻はどんな時も傍観者的立場。母が亡くなった現在、娘だけが心の支えです。娘のために働いている。娘のおかげで生きているという感じです。

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