虐待を受けたわたしが父を看病し、父が猫かわいがりした妹は父の手術も立ち会わなかった

物心ついた時には父に虐待を受けていて、母だけが味方でした。自営業の為その母も1日中仕事をしていて私をかまっている暇はは無く妹はいましたが父から可愛がられていたので今から思えばひがみだったと思いますが妹を憎んでいました。

 

なので肉親でもなかなか心開けず、ましてや他人なら尚更心開く事も出来ず人見知りも激しく初めての人とはなかなか話す事が出来ず、そのせいか心開いて話せる人がいません。小さい時からずっと孤独でした。寂しくても寂しいと言えず我慢ばかりしていたせいか、ある程度話せる様になっても心開けないので何考えてるかわからないと言われてしまい、なかなか友達が出来ません。

 

妹はいても妬みを持っていた為両親が亡くなり私1人になり何かあった時に普通は肉親の妹に言うのでしようがなかなか言えません。よその姉妹とは違って他人よりも遠く感じます。

 

今ケガが原因で歩く事も出来ず仕事も出来ず途方に暮れて恥を忍んで妹に助けて欲しいと頼みました。背に腹は代えられないので、しかし想像はしていたのですが10パーセント位は助けてくれるのではと少しだけ期待していたのですがものの見事に断れて挙句生活保護受ければと言われました。

 

妹の旦那さんは高給取りでぜいたくな暮らしをしています。なんでこの世に生まれて来たのか小さい頃から親にねだった事は無くというかねだれなかったのでガマンばかりして来たし母が私にお金は汚いものと心が清ければお金なんか無くても大丈夫と私に言い聞かせたせいでお金は汚い物と思い込み両親が亡くなるまでそう思い込んでましたがひとりになって初めてお金があればひとりでも生きて行けるけどお金が無かったらひとりじゃ生きて行けないと50歳すぎてしみじみ実感してます。

 

治療費が無いので歩く事も出来ないこの身体で仕事も出来ず父が亡くなるまで父の仕事を手伝いながら最後の8年は父の看病に明け暮れひとりになった頃には50歳を超え手に職もなく頼る人も無く途方にくれる毎日です。父が猫かわいがりした妹は父の手術も立ち会わず看病もせず私が疲労困憊した時に助けてと頼んでも私は嫁に行ったんだから私を頼るなと言われました。

 

虐待を受けたわたしが看病する、皮肉なものです。親からの十分な愛情を貰って無い子は人に対して愛情を持てないとテレビで見た事があります。自分の社会生活の適応能力の無さ生活能力の無さ、若い頃に気づきなんとかしていればと思いますが後悔先立たずです。

 

そんな苦しんでいた時にネットのyoutubeで松田さんの中高年がアフリエィトで即収入を増やす方法を見て私もなんとかアフリエイトで稼げないかと藁をもつかむ気持ちで今文章を書きこんでます。

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