脳腫瘍という小児ガンで、おままごとをして遊んだ幼なじみの女の子が亡くなった

生き死にのことで一番悲しかったこと、辛かったことは、それは小学校1年生の終わり頃のことです。わたしは地元の小学校に行かずに県庁所在地の国立大学の附属小学校の1年生でした。

 

その小学校に入るまでは、幼稚園生の頃までは、地元の近所に大勢いた同じ年頃のお友達と、夕方遅くまで、野山を駆け回り、あるいはおままごとに興じ、長い長い時間を楽しく楽しく過ごしていたのです。

 

やがて受験して地元のお友達と遊んでもらうことはなくなりましたが、自分の学校に馴染んでそれなりに新しい生活も刺激のあることでしたから、大人のように「昔は良かった」とかいう思いは浮かびませんでした。

 

そうして小学1年生も終わるころのことです、かつて一緒におままごとをして遊んだ、1歳とし下の「いづみちゃん」という女の子が亡くなったのです。それは脳腫瘍という病気のためで小児ガンの一つでした。

 

病院に入院したという話を母から聞いてからあっという間のことでした。いづみちゃんはいつも冗談ばかり言って笑顔がとびきり可愛い女の子でした。いづみちゃんには年齢の離れた大きなお兄ちゃんとお姉ちゃんがいて、二人とも末っ子のいづみちゃんのことが可愛くて仕方がないという風でした。

 

いづみちゃんの口からはいつもお兄ちゃんの話しばかり出て、それはそれはお兄ちゃんが大好きという風でした。ですから可愛い小さな妹を無くして、お兄ちゃんの姿は見るのも気の毒なほど憔悴してたものです。さらにいづみちゃんのお母さんは、「いづみも来年は小学校1年生になるね。」と、病院のベッドに新しい赤いランドセルを持っていき元気づけていたという話しも聞いたのです。

 

赤いランドセルを楽しみにしていたいづみちゃん、お兄ちゃんが大好きで、いつも朗らかに笑ってばかりいたいづみちゃん。そしていづみちゃんのお葬式の日。「お葬式には附属小の制服を着て行きなさい。」と父に言われました。

 

確かに制服は子どもが葬式に参列するには正装でしょうけれども、当時は、できることならその前の年まで一緒に遊んでもらっていた、地元の他のお友だちと同じように、なぜ田舎の子どもらしい普段着の平服のまま参列できないのだろうかと、なんともさみしい気持ちがしたものです。

 

しぶしぶ学校の制服を着てお葬式に行くと、いづみちゃんの棺の上には赤いランドセルが置いてあります。いづみちゃんのお母さんの目は真っ赤でしたが、いづみちゃんは楽しいことが好きな子だったからというようなことをおっしゃって、どうぞみなさんも楽しい顔でいづみを送ってくださいというようにおっしゃいました。

 

いづみちゃんのお兄ちゃんがやがて結婚して生まれた女の赤ちゃんは、いづみちゃんにそっくりだったそうです。

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