引寄せの法則や新月、満月の宇宙的パワーの話を他人にしてもバカにされるだけ

私は1964年昭和39年3月生まれの53歳でもう少しで54歳になろうとしています。自営業で建設関係の仕事をしておりますが建設関係と言うと聞こえはいいですが何でも屋ですね家屋の解体からクステリア土木とお客さもの要望に合わせて多種多様な仕事をこなしておりますが収入的に厳しい感じですね。

 

昨年末に来年の計画と言うか来年の生き方について、ふと考えた時が有りました、あぁ次の誕生日を迎えると54歳か人生80年として残り26年しかないのかと80歳まで働けるわけはなく人生の残りは少しでも楽な生活、お金に不安の無い生活をしたいと、長年そう考えながら努力をしてきたつもりですが、今現在の蓄えと言えば生活をするのがやっとで何の贅沢もせず人生を終わるのかと、そんな時私はある一冊の本に出会いました。

 

人間はこの世に生を受け前に神様との話し合いで幸せになれると言う条件のもと生まれてくるのだと、確かに生まれる前にあなたは一生苦労して終わるのですよなどと言われたら誰しもそれでも構わないので生を受けたいなどと思わないでしょうね。

 

その本によれば人は幸せになれる条件のもと生まれているのに幸せになれる方法を忘れているのだと幸せと言っても金持ちとは言ってませんがね。松田さんが良く引寄せの法則等のお話をしますが実際にそのような力は存在するのだと思います。

 

私はその本に出会い何でもっと早くに出会わなかったのかとそれもまた人生なのです、自分が変わりたい、自分が生きてきた中での今までの行いはと考えたときに人生120%アウトかなそんな気持ちになるようでした、極端に言えば金が無いから数千円の買い物ですら躊躇するそんな感じでした。

 

本を読めば本のとおりに実行すればとそんな簡単には行きません、私は意志が弱いのかもとも思いますがしかし松田さんの様に悩みやいろんなことを共有できれば人生はきっと変わってくと思います、引寄せの法則や、新月、満月等の宇宙的パワーの話を気にも留めない人等に話しした所であいつはバカじゃないのとか、そんなことで人生が変わるならみんな幸せで貧乏人なんか居なくなると、そこが「信じるか信じないかはあなた次第です」となるのです。

 

信じている者同士が共有すれば良い事だし信じない人に強制する必要もないし、本だけでは学べないものが沢山有るのでやはり経験者等からアドバイスは必要だと思います。生まれてきた者は全てにおいて必ずいつかは死ぬ時が来るとはわっかていても死に直面すると悲しくなってしまうものです。

 

約3年前に義父(妻の父)が他界しましたそれは突然の出来事でした死因は虚血性心不全でした夕方に何時もの様に愛犬の散歩し夕食を済ませ午後9時前に就寝をし10分後くらいに「うぅ~」とうなり声がして義母が揺り起こしたが意識はなく救急隊を呼びAEDで蘇生しました。

 

私たちは車で10分弱の所に住んでいるのでなんか実家の地区の方に救急車が行ったねと話をしている時に突然の電話で直ぐに駆けつけました。その時は救急隊がまだ蘇生中でした私は何故か比較的冷静に救急隊と話をしました。

 

その日は祝日で受け入れ先がなく救急隊も困惑しておりました、私も何度かAEDの講習会を受けていたので救急隊に確認をすると心室細動の反応が無いとの事、心疾患で心停止した場合に脈は無いが心臓が細かく痙攣している場合に心臓に電気ショックを与えて事で救命できる場合があるのですが、心室細動の反応が無い場合は心臓が完全に停止しているのでかなり難しい状況でした救急隊に確認した所「蘇生の可能性は3%以下」との話でした。

 

私の地区には近隣の市町でお金を出資し作った病院が有るのですがそこでからも拒否されたらしく何のため総合救急病院なのかと思いました、私は救急隊にい願いして「市民が何の為に税金の税金を使って作ったのか」と怒っていると電話してもらったところ直ぐに受け入れOKとの回答でした。

 

病院も蘇生の可能性が無いので断ったのかはわかりませんが、病院に到着したのは発症から1時間以上が過ぎており結果としては蘇生することはありませんでした。

 

次の年には、実父が他界しました実父は数年入院をしており毎週のように病院を訪ねていたのでかなり弱っていたのは感じておりました特に他界する3日前に点滴が変更になり看護師に聞いたら医者の指示だそうで当たり前の話で医者以外に処方出来る訳はなく、ただその点滴があまり長くは持たないときに使うとは知り合いに聞いていたので本当の所は不明ですが何人か亡くなる前はその点滴でした。

 

医療に関する事なので詳しくは言えませんが・・・、何時もの様に日曜日の午後に病院に顔を出して帰ろうとしたときに話すことできなかった父が何を話そうとしたのかはわかりませんが「うぅ~うぅ~」と何かを訴えてきました。

 

私は次男ですが長男は殆ど病院には顔を出さなかったので話が出来るころは帰ろうとすると、父も帰りたいと良く言われていたので又かなと2日後が祝日だったので明後日また来るよと言って帰路につき帰りの車の中で何だったのかな何時もと違うねと話しておりました。

 

次の日の午後に電話が入り病院に到着した時はすでに亡くなった後でした、叔父が定年退職しているので直ぐに駆けつけてくれましたが叔父が到着した時はすでに冷たかったそうです。

 

誰にも看取られずに静かに亡くなりりました、私は料理や市場が好きなので父が入院する前は年に数回は材料を買いこんで食べさせてはいましたが、温泉や食事や観光地に連れていく事が出来ませんでした。

 

若い時分に父や母を連れて行くためにミニバンを購入しましたが父が出歩くの好きではなく1度だけある地区の地場産品を食べに行ったこと位でした。義父や父が続けた亡くなり死に対する考えは変わりました、特に義父の死はその日まで元気で夜には急逝した事で自分にも何時そのような事が起こるか分からなし必ず死は訪れるのだから、妻は気づいておりませんがそれ以来家族に対しての接し方や言葉遣いなど気に掛けるようにしています。

 

私は一応亭主関白系だったので休みの日に料理をするくらいで殆どの事は私に決定権が有り極端な話テレビ番組も私が観たい物が優先でした。

 

そうして自分を変えたお蔭で妻が強くなりましたねぇ。松田さんがおっしゃる様にニュースで殺人だの自殺だのと見る必要もないし報道によって死ななくても良い人が模倣する事で命を落としている場合は多々あるのだと思います。私の周りにも自死やガン、事故等で無くなった方も多数います。

 

自分自身自死を考えた事もありましたが「今生きていること、今生かされている事」に感謝しなければいけないと思いますそんな事を言える人間ではありませんがそう思うことで自分は少しでも前に進めた気がします。

コメントは受け付けていません。