中学のころにはガキ大将よりすっかり学力が上回り、以降いじめはなくなった

自分自身が初めていじめを受けたのは幼稚園児の時でした、いつも4・5人で同じ通園路を帰るのですが、その日に限っては私一人だけ何時もの道を帰らされ、他の人は違う道を通って帰りました。

 

いわゆる仲間外れという扱いですが、今でもなぜ仲間外れにされたのかが、よく理解できていません。他のことはあまりよく覚えていないのですが、なぜかこの時の出来事は今でも鮮明に記憶しています。次は小学生の給食のとき、人が飲んでいた牛乳と私の牛乳をすり替え得られて、知らずに飲んだりさせられて、嫌がらせをされていました。

 

当時は今ほどいじめという感覚もなかったのでしょうか?教師も何も注意もしないし、からかわれた私以外は恐らく覚えてもいないと思います。小学5年生までは勉強も運動も苦手で、得意なことは何もなく、暇に任せてはガキ大将にいじめられていました。

 

うちは貧乏だったのでおもちゃなどは特に買ってもらえなかったのですが、近所のガキ大将は比較的裕福な家庭でしたので、当時としては珍しい空気銃を持っていました。

 

プラスチック製の玉を発射でき、意外と当たると痛いのですが、私は段ボール箱を被らされ、走りまわって逃げるように指示され、その空気銃の的になっていました。本人が納得するまで辞めてもらえませんでしたね。

 

雪合戦では私一人に4人で対戦させられ、相手方は投げる専門(ガキ大将)玉を作る専門が3人(その取り巻き)によるもので、到底勝てっこありません。中には雪の玉の中に石が埋め込んだものもありました。周りは仲良く遊んでいるようにしか見えてなかったと思います。とにかく悔しい気持ちだったことは何となく覚えています。

 

小学校を卒業する頃から、たまたま図工で書いた先生の似顔絵を凄く褒めてもらえたことがきっかけで、勉強をやる気が凄く湧いてきたことを覚えています。とにかく先生に初めて褒められた喜びで、またほめてもらいたい気持ちだったのでしょうか?ほかの教科も思いのほか伸びてきました。

 

気が付いたら中学のころにはガキ大将にはすっかり学力では上回っており、以降いじめはなくなりました。

 

ただ高校生になったころに、一度クラスメートの陰口をたまたま耳にしてしまい、その1人を2人で呼び出して少し焼を入れてやろうとうことになり、結果的には2対1の構図になってしまい、それが先輩に知れて卑怯なことをしたと逆鱗に触れて、逆にボコボコにされてしまったことが最後で、喧嘩は互いに痛い物と実感し、以降殴り合いのけんかはしなくなりました。

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