いじめ、戦争は自分、自国のみの利権、権力を保持するためだけに永遠になくならない

いじめはどんなに文明が進化し発展しても、永遠に無くならないと思います。子供の世界でも大人の社会でも、最悪、戦争は現在もなくならない、自分、自国のみの利権、権力を保持するためだけになくならない。

 

妬み、僻み、比較など。その反面慈しみ、愛情、愛を共有する世界も拡大すると信じています。私自身も身体的なことでいじめにあったことはあります。

 

いじめもしたことがあります。小学校のころ無知で感情剥き出しでいじめをしたことがあります。

 

クラスに身体と多少脳に障害のある女の子がいました。その女の子に対して奇形児、バカ、アホと罵りいじめを繰り返していました。ある日、あろうことかその女の子に手をあげてしまい倒れてしまいました。

 

最初は冗談で倒れているんだろうと思っていましたが、今でも忘れることはありません。私の住んでいる北海道では当時、丸太ストーブといっい円柱形のストーブでコークスを燃料としていて火が消えそうになるとクラスの担当が木箱に入っているコークスをストーブに入れる役目でした。その女の子は丁度、ストーブの近くに倒れてしまいました。

 

うずくまり、小刻みに震え口からは泡がでていました。子供心にも大変なことをしてしまったと直感しました。でも何もすることはできませんでした。どうして良いのかわからなかったのです。でもいち早く何とかしなくてはと心臓がドキドキしていました。

 

初めての経験でした。暫くすると担任が教室にきていじめた私に対して平手打ちしました。小柄な私は、宙を舞いました。数秒のことだったと思いますが、自分には数分に感じていました。その間何とも言えない感情がありました。数秒の間にも関わらず痛みはなく、何とも知れない愛情を感じました。現在だと体罰問題でしょうけど私は愛を感じました。

 

そしていじめは絶対してはいけないと、ましてや自分より弱者な人をいじめることの愚かさを体で体感し感情として体得させていただきました。それからは、いじめを一切しなくなり。担任には心の底より今でも感謝しています。

 

いじめを見ると止め、先輩たちがいじめをしているとグループを集め止めさせました。大人になってからは、見て見ないふりする傾向があります。乱れきっている大人の社会にどっぷり漬け込んでしまったせいなのでしょうか?

 

ただブレてしまった自分に気づいていないのかもしれません。松田様に気づきを再度教えていただいたような気持ちです。本当にありがとうございます。
強い意志を持って責任ある行動をさせていただきます。

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