元妻の浮気が原因で離婚し慰謝料百円の裁判をおこし勝ち取った。

元妻の浮気が原因で離婚したことです。働きたくなかった若い二十歳前後のころ、転職の繰り返しでした。すべて自分の責任なのに他に責任転嫁する愚かな若いころ。結婚を期に仕事に対し、仕事の大切さを知りました。

 

いつしか仕事人間になったというか、今振り返ると社畜のようだったかもしれません。ある日仕事で昼食を済ませようとした時、吐き気がして食事ができなく水も飲むことができなくなり、吐血しました。

 

すぐに救急車に運ばれました。その頃の私の仕事は写真館よりネガを預かり、それを現像し焼き付けし印画紙にプリントする手焼きの職人でした。私に代わるひとはいませんでした。病院についても溜まっている仕事のことばかり気にしていました。

 

先生より即入院をするよう強く言われました。しかし私は職場に戻り仕事をしなければなりませんと訴えました。間髪いれず先生は「命が大事か仕事が大事か考えなさいと」と言われました。今はもう独り身ではなく結婚し元妻のお腹には初めての小さな貴い生命が宿っていました。

 

私は半年間の入院を余儀なく過ごしました。考えしかたなく今の職場から身を引くことにしました。やがて大切な我子が誕生しました。無職になっていた私の心のよりどころだった我子のため早く就職先を決めなければなりません。

 

ある日、辞めた会社の取引先の社長直々に連絡があり、風の噂で君が辞めたと聞いて連絡させてもらったんだが、もう職は見つかったかと聞くのです。まだ決めていません、求職中ですと答えると是非、弊社にとお誘いがありました。普段の私の姿を見ていただいて驚きました。

 

待遇も良く本社で役職付きでした。感謝でいっぱいでした。約三か月後営業不振の地方の営業所の立て直しを命じられました。家族三人というより四人(元妻の二人目の生命が宿っていました)で地方に引っ越しました。約三年で営業不振の営業所を軌道に乗せ晴れて本社に戻ることができました。その頃は小学校一年の長女、年長さんの長男。

 

本社に戻ると、、、管理職いわゆる窓際族です。早朝より深夜までのつまらないクレーム処理など。ヘトヘトで帰宅する毎日でした。その頃より元妻の素行がおかしくなっていきました。私が夜遅く帰宅すると長女が下でお腹が痛く泣いていたので、お母さんはと聞くと二階にいるとのことで二階に上がっていくと楽しそうな会話をしている元妻が電話していました。

 

追及すると怒り出す始末。結果的には少しの良心があったのでしょうか?隠すこともできなくなったのか、向こうの両親といっしょに真実を打ち明けられました。パート先での工場長との浮気でした。男勝りの元妻は同僚(女性たち)より敬遠されていたそうです。そこにつけこんで工場長が近寄ってきたそうです。子供の為に離婚は留まろうと思っていましたが、結果的に離婚。

 

向こうの母親は、娘がお腹を痛めた子供たちをどうか引き取りたいと言ってきました。子供がそうなら親も親です。苦渋の末、承諾しました。しかし、父親として元妻はもとより相手を許すことができず、裁判をすることを決意しました。

 

これから長い人生、子供たちはどんな理由があろうとも育ててくれた親に感謝し、いいように言われ育っていくでしょう。真実もわからないままに。裁判をすることで、お父さんは戦ったよ、家族崩壊にした奴と。

 

何かの形で証明するものを残したかった。だから慰謝料百円の裁判をおこし勝ち取りました。一番辛かったことは幼心に理解していた長女、お別れする最後の夜、星空に願いをこめての絵本を一緒のベットで読み聞かせしました。

 

辛く悲しい時は、夜空を見上げてごらん、お父さんもきっと同じ夜空を見ているからねって。強く娘が私にしがみついてきました。ごめんねごめんねって心で大泣きしました。翌朝、元妻は二人の子供と出ていきました。

 

あの光景は一生忘れることはできません。家に戻ると、娘と息子にプケゼントした絵本が剥き出しになって床に置いてあったことが、何十年たっても一番辛い思いでです。

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