プロフィール

2005年に独りで起業、独りネットビジネスにこだわり15年ほど。『独りネットビジネス』にこだわり約15年。在庫なし、初期費用なし、維持費なし、安定志向、独りでできていつでも辞められるビジネスを専門にやっています。

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躁鬱になり、気づけば夜中に河原を歩いていたり、夜中に祖父の墓の前に立っていた

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はじめまして。私は37歳になる会社員です。会社員といっても、祖父がたちあげた二輪車店の三代目として日々を過ごしております。元々は車のディーラーでメカニックをしてましたが、父から実家の会社に戻るようにと言われ22の時にディーラーを辞め実家の仕事を継ぎました。

 

実家に戻ってすぐ私は躁鬱になりました。気づけば夜中に河原を歩いている、夜中に祖父の墓の前に立っていた、これらは自分の意思ではない行動で、心配した母と当時の彼女(現在の妻)に心療内科に行くように促され躁鬱であることを告げられました。

 

躁鬱は周りの支えの中なんとか克服したと思います。技術職の場合、若いとお客さまに嫌われる(不安がられる)事が多く罵声まで浴びせる方もおられました。私は自分の能力が未熟であることを恥じて悩み考え失敗を繰り返す人生でした。おそらくはその日々が私の病の原因だったのだと思います。

 

なんとか仕事が慣れてきた頃に東日本大震災が起きました。震災による被害は運良くなかったのですが、その頃から自転車が見直され、非常に注目をされることとなりました。その後大手量販店がたくさん出店され、我々零細企業が経営不振に陥りました。

 

同業者もどんどん店じまいをしていき、現在私の会社も風前のともし火となっているのが現状です。何か手はないかと、父に新しい事業の提案をしたり、仕事効率を上げることを話したりしましたが、父は時代がそうさせているのだから仕方ない。

 

このままで耐えるしかない。としか言いません。しかし、事業の比重を変えるとか、私に仕事を押し付けてでも単価を増やすなどしないと、あと1年耐えられるかどうか‥

 

話は変わりますが妻との間に娘が生まれたのですが、低体重の為480gでの出産となりました。出産二日目には心臓手術になり、一週間後には肺に水(母乳)が溜まり脇の下から管を通すというキズを残してしまいました。

 

毎日仕事を終えて妻と病院の我が子に1時間だけの面会をする日々の中強くならねば、強く生きねばと、自分を奮い立たせたものです。

 

現在娘も幼稚園になんとか通えるくらいにはなりましたが、悪化する会社の経営と、娘の将来を考えるともう少しだけでも稼ぎを増やしたいと思い、たくさん情報を仕入れてはできることは実践してみたのですが、付け焼き刃の知識ではうまくいかず、アフェリエイトからFXの口座開設バナーなどを見て、FXや株に手を出そうか迷っていたところにユーチューブにアップされていた松田様の動画を見ました。

 

私はこれから会社と家族を守るために少しでも副収入をあげれればと考えております。どうぞできの悪い私ですが、ご教授願いたいと思います。支離滅裂、駄文をお許しください。

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