タナトフォビアという精神病だったのか、恐怖が止まらなくなり夜中に叫んでいた

私は現在、無宗教です。そして「神様」とは「宇宙」のことだと思っています。私の曾祖母は熱心な仏教徒でした。昔の母は、よく分かりませんがカルト宗教ではない仏教の拝聴会のようなものに参加し、子供であった私もそれに同行することもありました。

 

私は宗教の話を聞けば聞くほど、「死への恐怖」に苛まれていた気がします。物語や、ドラマ、映画の中には人の死が必ずと言っていいほど出てきます。そこで、フッと「私はいつか死ぬ。もう二度と今みたいに寝ることも、人と話すこともできなくなり、ただ物質として変り果てる。そこには生まれ変わりもなく、ただ死という漠然とした事実がある」と考えると、恐怖が止まらなくなり、夜中に叫んでいました。

 

いわゆる、タナトフォビアという精神病だったんじゃないかと思います。キリスト教では、人間は死んだら神のもとに帰る、仏教では輪廻転生を繰り返す、など言ってる事が違うのはきっと、ちゃんとした答えなど分からないからだ。

 

生まれ変わりをするというが、それは誰も証明することができない。それなのになんでみんな信じているのだろうか?何故怖くないのか?どうせ死んだら無に帰るのに何故みんな頑張るんだ?といつも思っていました。「死への恐怖」が私が何をするにも中途半端になってしまっていた原因の一つだと思っています。

そんな私は現在では、全面的に引き寄せの法則があると信じていますし、輪廻転生、霊なども信じています。実際に夢の中で、亡くなった曾祖母に「戸締りには気をつけなさい」と言われました。スピリチュアル的なことを信じる方が私の精神衛生上でも、皆が幸せで生きるという点でも生きやすいのではないかと感じているからです。

 

私が最初に読んだ、引き寄せの法則についての本は「神様とのおしゃべり」「悪魔とのおしゃべり」という本なのですが、これを読んだときに私は「死への恐怖」から解放されました。宇宙というものが始まりで、そこから細かく分離したのが私たち。といった考え方で、死んだとしてもただ宇宙に帰る。

 

そして、新たな体験をするために、記憶を消して、生まれ変わる。そんな風に考えてみると、「ああ、もう怖くないな」と思えたのです。ある意味、学校の様に「これを憶えなさい」と言われることを望んでいたのではないかなとも思います。ある意味、学校によって植え付けられたマインドが残っていたんだと思います。

 

そんな私ですが、死について深く考え、自分で信じるものを選択することによって、漠然とした不安から抜け出せました。私の様な人がこの世の中に何人いるかは分かりませんが、私の様に悩んでいる人がいるなら「とことん死について向き合ってみる」というのが一番いいかなと思います。

コメントは受け付けていません。