曾祖母の痴呆が進み夜中起きだして徘徊したり脈絡のないことを言い始めたり

私は中学生の頃に、母方の曾祖母、父方の祖父、学校の元クラスメイトを亡くしました。三人のお葬式に参列したわけですが、祖父と元クラスメイトのお葬式では何かを感じることもなかったのです。

 

私は自分のことを「ああ、なんて冷たい奴なのか」と自己嫌悪していましたし、ただ死恐怖症を加速させるだけのイベントに過ぎないようにも思っていました。元クラスメイトはまだしも、祖父とは年に数回顔を合わせてはいたにも関わらずです。

 

ただ曾祖母の時だけは違いました。彼女は私が生まれた時からずっと暮らしていて、小学四年生ぐらいまでは一緒の部屋で寝ていました。私が風邪をひいているときは常にお経を唱えたりしていましたし、布団を蹴っ飛ばしてしまった時は掛け直してくれるような優しい方でした。

 

私の母と曾祖母は、辛く苦しい生活を過去に送っていましたが、だからこそお互い助け合い、二人の間にはまさしく真実の愛があったそうです。それ故、曾祖母は私に対して、本当に愛してくれていたと思います。

 

しかし、曾祖母の痴呆が進み始め、夜中起きだして家の中を徘徊したり、私にも痴呆故の脈絡のないことを言い始めたりするようになりました。それに対して辟易をして、あまり褒められたものではない態度をとってしまったことを今でも覚えています。

 

そして、曾祖母は最後階段から落ちた時に頭を打ち、この世を去りました。お葬式の時に私は、とても泣きました。もっと優しくしておけばよかった。痴呆になっているのにも関わらず、自分の遊びを優先したことなどが頭をよぎりました。

 

それから私は人というのは突然亡くなってしまうものなので、自分のできる最大限優しくしようと決めました。棺桶に花を詰める時に、いままで現実味がなくフワフワしていた私の思考はそこで、もう二度と愛する曾祖母に会えなくなってしまったと理解し、初めて涙が出たのを憶えています。

 

曾祖母は私に直接は言ってはいないのですが、「あなたは没落した私の家を再建してくれるに違いない」と言っていたそうです。彼女は私に否定的な言葉を投げかけられた思い出も一つもありません。

 

母と曾祖母にかけてもらった愛情というものは、時間差で私を変えてくれました。とにかく曾祖母の愛は私に涙を流させました。

 

松田さんの相談内容を書かせていただいているうちに気づいたことがあります。愛をもって接してもらうと、愛をもって返されるのかと気づいたのです。

 

祖父は亡くなられる寸前まで、何かむしゃくしゃする物が残っており、妻には当たり散らしてたそうです。彼は私に優しくしてくれてはいましたが、愛されていたかと思うと微妙です。故に私は彼が例え亡くなられても、無意識の内に愛をもって返上できなかったのではないかと思います。

 

自分の行いが、自分に帰ってくるとはこのことかもしれないと、私は思います。

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