プロフィール

2005年に独りで起業、独りネットビジネスにこだわり15年ほど。『独りネットビジネス』にこだわり約15年。在庫なし、初期費用なし、維持費なし、安定志向、独りでできていつでも辞められるビジネスを専門にやっています。

いじめ・人間関係のなやみ

中学生3年生の頃は友達が出来ずにボッチ状態で卒業が待ち遠しかった。

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いじめに関して。私が一番最初に思い出す事は小学三年生のころに担任の先生から受けた事です。いじめかどうかは当時の私の脳ミソでは判断できませんでしたが今思えばあれはなかなかのものだったと思います。

 

なぜあのような事をされたのかその理由がよく分からないぐらい急な事だったのですが、とにかくあの人に図書室でマンツーマンで怒られて体を揺すられて泣かされて親に泣き顔を見せたく無いので顔を洗って帰宅したという記憶はあります。それがいじめかどうかは分かりませんがとにかくあの頃の私は辛い思いをしていたと思います。

 

それと小学四年生の時の担任の先生も同じ人でした。1つはっきりと覚えている事があります。生徒の保護者が朝の会で朗読をするという企画がありまして私の母親も朗読をした事がありました。内容は「万引きをした小学生が結局罪の意識に耐え切れずに万引きをして店に謝りに行く」といった内容だったと思います。

 

内容はともかく母親が朗読している最中にその先生が泣いていたんですよね。今思えばちょっと「ヤバイ先生」だったと思います。ここまでは良いとして、母親の朗読が終わり学校を後にした後にその先生に別室に連れていかれこう言われました。「こんな素晴らしい母親がいるのになんであんたはこうなんだ」と(笑)

 

小学生ながらショックを受けた記憶があります。というよりも現状を理解できなかったと思います。というお話です。

 

しかし私も人をいじめた事は中学1年生の時ににありました。当時は「いじり」と思っていたと思うのですが今思えば「いじめ」です。人のコンプレックスに付け込んで人をおちょくる。これは今の私の感覚ではいじめだと思っております。

 

中学生2年の頃は普通に過ごし、中学生3年生の頃は友達が出来ずにボッチ状態で卒業が待ち遠しい人でした。高校の頃は三年間部活以外ではボッチ、三年の頃にはボッチ時々いじられ状態でした。

 

一つ前の職場では料理長の人の差別が酷くて私は当然いじめられる役。いじめられ→いじめ→孤独で→孤独で→いじめられるこのようなサイクルが出来上がっています。

 

私ははっきりと自分が社会的に弱者を呼ばれる人間とういう事は自負しております。それでも人をいじめた事がある人間でも幸せに生きたいというエゴが強い人間が流音という男です。人からいじめられ人が環境が変わった後や状況が変わった後にいじめる側に変貌するという事があると聞きますがまさに自分がそれでした。

 

この事について思い出すときは多々あるのですが人に話すのは初めてです。結構大変なものですね。それでは今回も長文のご拝読ありがとうございました。失礼致します。

 

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