「高卒だから大卒の人には敵わない」という学歴コンプレックスは間違っている

コンプレックスは病み(闇)

 

人は何かしらのコンプレックスを抱えているのではないでしょうか。顔や体型、容姿、学歴など上げたらキリがないほどありますよね。私にもあります。そもそもコンプレックスって何、と聞かれたら「自分の嫌いな部分」をイメージします。

 

自分のこんなところが嫌い、悩んでいる、悲しい、苦しい、解ります。自分のことを否定されているような感覚を持ってしまいます。ある有名な心理学者はコンプレックスは「記憶に強い感情を結びつけて人は苦しむことがある」と言っているそうです。確かに、そんな気がします。

 

怒りや悲しみ、苦しさは感情論になってしまいます。本来のコンプレックスの意味とは異なったものになってしまうそうです。ですが私達は、コンプレックスは「自分の嫌いな部分」と捉えてしまいます。今はそれが普通ですよね。

 

誰かと比べたり比べられたり、ただの劣等感です。一番に挙げられるのが顔や体型、学歴などが多いようです。「あ~あるある」って今そう思ったでしょう?

 

学歴なんってイイじゃないですか、なんて言ったら多くの人に非難されそうですが、個人的には学歴関係なしと考えています。「世の中学歴」の時代は卒業です。

 

「高卒だから大卒の人には敵わない、どうせ出世しない、大学行っておけば・・・」学歴コンプレックスですよね。間違ってますよ。自分と他者を比べて、劣等感を感じているだけです。人間性を評価するのでなく、イメージで決めつけています。

 

ところが、顔や体型に関してはこれとは少し違い深刻なケースが多いのかなと思います。男女比はあると思われますが、精神的な病に陥ることもあるそうなのです。

 

例えば「歯並びが気に入らない」これは矯正すれば治せますよね。「一重まぶたで目が小さい」これも整形すれば良くなると思います(諸問題がありますが)。

 

自分と他者を見比べて人にどのように評価されているのか、周りはそう思わないけれど、本人が気にしすぎて精神的な病を発症してしまう深刻なケースが有るようです。もっともよくある原因として、過去に受けたトラウマだとも言います。

 

精神的なショックや心の傷が、コンプレックスとなり体を蝕んで病んでるしまうのでしょうね。昔の私の話になりますが、私にも友達は居たんですよ。
今は疎遠になってしまいましたが、その人にまつわる話です。

 

彼女はとても明るい人でした。でも、体に障害を持っていました。隠せるところならば良かったのですが、当時はなかなか難しかったと思います。彼女の良いところは、誰とでもすぐに仲良く慣れることです。羨ましかったです。

 

障害に負けることなく活発に動き回れる人でしたから。「この人には、コンプレックスはないのかな~」と不思議に思っていました。

 

成人して、彼女にも好きな人が出来、結婚もして、子供も出来ました。でも、彼女に好きな人が出来たところから、様子が変化してきました。いろいろな団体に招待するようになってきて、私はとても嫌な気持ちになりました。とても受け入れられない心境でした。

 

でも彼女は言います。「大丈夫、この団体は私を救ってくれる、幸せにしてくれる」そう言ってのめり込んでいきました。彼女が幸せを掴めるのならと遠くから傍観することにしました。彼女は既に心に病みを抱えていたのでしょうか。

 

身体の障害(コンプレックス)から来る闇と病み、私にはどうすることも出来なかったのです。それ以降、彼女とは疎遠になり、今はどうしていることか元気でいることを祈ります。

 

こんな事があってから私は、その手の団体が嫌いになってしまいました。チラシを見るだけで、大きなため息が出ます。これってコンプレックス?怒りや悲しみ苦しみが強い感情や体験・思考などが無意識的に結びついて、劣等感というコンプレックスを生み出すそうです。

 

単なる思い込みだったり、過去のトラウマだったりです。考えてみてください、劣等感だとしたら、見方、考え方、気持ちの持ちようで、克服出来ないでしょうか?かなり大変で勇気のいる行動だと思いますけれど・・・ちょっと無理があるかもですね。

  
自分のコンプレックスを克服できない私は、何も言えません。変わりたいという思いだけです。

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