建設関係の会社に勤めていた弟の自死は、子供への配慮から死因は病死という事にされた

生命、生と死に関して人生で一番つらかった弟の自死について記します。

 

その日は,確か曇っていたような朝からムシムシするような残暑が厳しかった、9年前の9月の事でした。いつものように車で出勤して、職場の近くの駐車場に車をとめて川沿いの道を歩いて事務所まで歩くと、やけにカラスが騒がしく感じていました。

 
弟の自死の事実を知らされたのは、もうすぐ49日の前ごろでした。亡くなった翌日に父から電話があり、原因はよく解らないが出勤中に駅で倒れ心臓が停止してしまったらしいとの事で、色々聞きましたが具体的な事は解りませんでした。

 

亡くなった事が受け入れられませんでした。この時に至るまでの数年前から、何かこう胸に突っかかったような、うまく表現出来ないのですがシコリみたいな感じが、自分自身に感じていました。

 

私の兄弟は3人とも男で、三つ下の弟は一緒に遊んだり喧嘩した間柄ですが、八つ下の弟は親子に近い感じでした。彼が生まれた時私はもう小学生で,赤ちゃんだった彼の握りしめた手の糸くずみたいなごみを取ってあげたり2番目の弟から守ってあげたりして面倒を見たりしていました。

 

いつもはおとなしく甘えん坊なのですが、その反面怒ると凄まじさがありました。彼が社会人に成ってからの事です。台所のシンクに私が使って洗わずにおいてあったコップを置いておきました。

 

それが割れて母が手だったか指を切ってしまいました。弟は、「お兄ちゃんが、洗って食器棚にしまっておけば母はケガをしなくて済んだんだよ!!(怒)」それはそれは恐ろしい形相で怒りをあらわにして怒鳴られました。

 

弟は、建設関係の会社に勤めていました。奥さんと二人の息子がいてマイホームを買ってヨーロッパに出張したりフランス会話を習ったりしていたようでした。

 

弟が亡くなってから私の両親と弟のお嫁さんとの話し合いで、子供への配慮から弟の死因は病死という事にする事、私にも自死は告げない事にして欲しいと頼まれたそうです。

 

私には欠点がありました。秘密を一人で抱える事、墓場まで持っていくような事をばらしてしまう事があります。こんな私に事実を告げないのは、よくわかりました。

 

しかしながら弟の事実が知らされず、悲しいやら情けないやら、自分のこれまでの行いを悔やまずにはいられませんでした。男の軽口は本当に皆から嫌われます。信頼されず仲間外れにされ、あげく本当につまらない人生を送ります。
 

この弟の自死で、何かにつけ、ばらすような事をしなくなりました。この事以来墓場まで持って行く事柄が増えています。このような形ではあれ、表現しまうのも悩みましたが、自戒の念を込めて、記させていただきます。

 

このような場所を与えて下さり感謝しています。 松田様のお陰で、悩みの整理が出来ました。本当にありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。

 

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