休みの日は研修だ会議だと言って出席させられ、有給休暇を公休と入替えて休まされた

大人のいじめ(いびり)、私が仕事を辞めたひとつの原因はいじめ(いびり?)です。10年近く、上司(女性)にいじめられていました。些細なことから、目に余ることまで、暴力的なことは無いとしてもいろいろでした。

 

何がキッカケなのか判りません。何か原因があったと思います。態度っだたり、言葉使いだったりでしょうか?私は目立つことが好きではないし、自分の意見をガンガン言う方でもないと思っています。時には反発もあったかもしれません。仕事上のことですから、そんなこともあります。

 

仕事での失敗や失態は、注意もお叱りも当然ですから受け入れます。ミスして逆上するのは間違ってますからね。上司でありながら口は軽いです。強いものには巻かれ流されます。自分の意志はないのかと思えるほど考えのない人でした。

 

会議では大口開けて、ヘラヘラ笑いながら他の者の意見(資料など)を自分がやりました的な発言をする。自分に都合の悪いことは「私ではないです」と言う。苦情があれば誰かに責任転換をする。自分の犯したミスを振ってくる。やってもいないミスを罵倒交えて被せてくる。

 

休みの日まで、研修だ会議だと言って出席させる。有給休暇を希望したら公休と入替えて休みにする。列挙すると「もういいです」と言いたくなるくらいにあります。辛くて辛くて、出勤するのも嫌で逃げたくなって、嘘をついて仕事を休んだことも何度かあります。

 

幸いな事に、同僚には私の事を理解してくれる人も多く、上司のいじめは「今に始まったことではないから」と同情していました。何人もの同僚が、上司のいじめによる精神的ストレスで、辞めていきました。けれど上司は、その状況が上司自身のせいであることを認めないので、改善は望めませんでした。

 

辞められなかったのは、意地もあると思います。それより、また一から人間関係を始めなければならなくなる事の方がキツかったからです。私が55歳の時です。遠方に居る弟が他界しました。その時の上司の対応がショックでした。「こんなことは初めてだから、無理だと思うけど話し合ってみるわ」と言うのです。自分の耳を疑ってしまいました。

 

自分自身や同僚の忌引は許可できても、私は許可できないと言うのです。悲しくて悲しくて、どんな表現したら良いのか判らなくて、トイレに駆け込んで泣きました。「もう無理だと」、同僚に話したら、「後1年で上司は定年だからそれまで待てば?」、で待ちました。私バカです。定年退職しませんでした。

 

そして1年後、今度は母が亡くなりました。あの時と同じ状況で同じ思いをするのはもう沢山だと思いました。母が亡くなったことは報告せず、淡々と仕事をして、日を置いて他界したことを口にするようにしました。でも、やっぱり、無関心でした。もう絶望です。

 

母が他界するまでの1年間は、個人的にも大変な1年でした。問題が多々有りましたので、精神的にもピークでした。自分を支える余力が無かったです。数ヶ月後、仕事を辞めた私は、引こもってしまいました。

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