「顔」にコンプレックスがあった。人の心は簡単に傷つきトラウマを引きずってしまう

私はこの年齢(54歳)になるまで人並み以上に恋愛もしましたし、結婚もできました。しかし小学校から成人してしばらくまで自分の「顔」にすごいコンプレックスがありました。

 

自分で言うのもなんですが顔は十人並みで好き嫌いはあれど誰も見向きもしないレベルではありません。(実際に恋愛経験を考えればおそらく人並みだと思われます)

 

ところがなぜそこで「顔が悪い」と思ってしまうようになったのかといえば、小学校に上がる前に今は亡き「姉」が私の顔を見て「上を向いた鼻」と言われたあたりから始まりました。

 

そしてそれが決定的になったのは小学校6年生の時にクラスの好きな女の子に友人がインタビューし「このクラスに好きな男はいるか?」「それは誰か?」というゲームを始めたのです。好きな男はクラスにいると言いつつ名前を明かさない女の子に対して友人が業を煮やし会員名簿を片手に順番に男子生徒の名前を読んで「Yes or No」の質問を始めたのです。

 

最初の頃は単に「違う」とか「No」と答えていた私の好きな女の子はだんだんエスカレートしてきて「No」という際に「運動神経がないから」とか「面白くないから」とか理由を言い始めました。当時小学生でありながら野球もサッカーも出来てギターも弾いていた私は「好き」と言われないまでも「嫌い」とは言われないだろうと思っていました。

 

しかしその女の子の答えは「顔がなければいい」という小学生にとってはかなりの過酷な返事であったのです。その時のトラウマを抱えたまま36歳になった時、偶然仕事の関係で当時の同級生だった女性に会いました。(好きだった女の子とは別の同級生)

 

職場の同僚がその女性から聞いてきたことを後で教えてくれたのですが、「あの人はもしかして◯◯くん?」「そうですが」「小学校の時からカッコよかったんだよね。クラスでみんな話していたんです」と言われたというのです。

 

もちろん最初は信じられなかったのですが、その後から職場内で「カッコイイって有名だったんですってね」と女性社員から言われることがあり、「あながち嘘でもなかったのかな」と思うようになりました。しかし同時に「なんでその時言ってくれなかったんだ」と悲しくもなったのを覚えています。

 

36歳になって聞いたところでナンパに励めるわけもなく、単に昔取った杵柄を自慢するオヤジになってしまうと思い、胸に秘めたまま今日に至ります。しかしながら、今思えば人の心なんていうものは簡単に傷つき、そのトラウマを延々と引きずってしまうものなのだなと思います。同時にそう言った心の弱さに長い間気付けなかった自分に少し後悔したのは間違い位ありません。

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