親や警察、学校だけではないサポートを大人が準備しないと、いじめ被害者は自殺をしてしまう

小学校4年生になった時、私が通っていた小学校の学区が二つに分かれました。私の中の良い友人は別の学区の小学校へ通うこととなり、私には友達が1人もいない状況に陥りました。通学路も変わり別の学区の同級生と通うことになりました。

 

「ここはお前の通る通学路じゃないだろう?あっちの学校へ行けば良いじゃないか!!」などと罵られ地元のグループとは数十mの距離を置いて登下校をしていました。

 

あるときそのいじめっ子グループの1人が「お前はこっちの地区じゃないだろう!!」と言ったとき、同じグループの中の1人が「止めとけ!!お前の負けだ」と言い出しました。理由はわかりません。ただまるで神の啓示のごとく止めにはいってくれたのです。それ以降、いじめられることなく、一緒に登下校出来るようになりました。

 

しかし問題はそこでは終わりませんでした。当時の担任の先生が産休に入り代講の先生が来なかったのです。誰も先生のいない教室は無法状態、事実上暴力のし放題でした。数人の同級生に囲まれ、殴る蹴るの暴行が続き本気で死にたいと思っていた矢先、私の心が折れて(しかも悪い方に)いわゆる「キレた」わけです。集団でいじめていた同級生を涙ながらに次々と追い回し殴り倒して回って行ったのです。

 

その日からイジメは無くなりました。やっと平安の日々が戻って来ましたが、心のしこりは消えないまま、少しずつ学校になじんで行った頃、産休していた先生が戻って来ました。私の中では「これでいじめられる可能性は潰えた」と安心することが出来るようになりました。

 

同時にそこにきてさらに私をいじめていた主犯格の同級生が転校することになり、私に対するイジメは完全に無くなることになったのです。

 

その後も何人かの同級生には何か言われたり多少暴力的なやりとりに巻き込まれたりしましたが継続的に集団暴行などは自然と無くなり名残惜しいと思えるほど小学校に馴染んだまま卒業することが出来ました。

 

今思えばなぜああいった展開が起こったのかは解りません。ただなにも反応せず「耐えれば良い」と思うことが予想以上に危険で、継続的な暴力やイジメに繋がるものなのだなと思いました。

 

それに対抗するには私は使いませんでしたが親や警察、学校だけではないサポートを準備し、正々堂々とイジメに対抗する覚悟と勇気が必要であると思います。またそのための受け皿を大人が作ってあげないことには自殺をしてしまう小中高生がいなくなることはないと感じています。

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