日本は治安が良く、思いやり、ホスピタリティもあるが世界での自由経済の競争に勝てない

世の中には徳というものがあります。それは世代を超えて受け継がれるものです。私はそれを信じています。それは人に良い行いをした時に蓄積されます。しかし、表面的に良いことではいけないと考えています。

 

その人、モノのために本質的なプラスになることをしなければなりません。それが蓄積されることで私の人生は豊かなものになり、それは後世にまで、受け継がれています。逆に今世が非常に運が悪いという方は前世で徳を積む行為と逆の行為を行ったのではないかと考えられています。

 

これはカルマに通じる話だと思います。そして、私はこの徳を、位置手段として「本質的な優しさ」で蓄積することができると思います。その本質的な優しさというところを少しお話ししたいと思います。

 

本質的な優しさとは何かというと、人に対して本質的なプラスになることをするためのエネルギーだと考えています。つまり、ただの優しさだけじゃダメなのです。少し話が変わりますが、日本はとても良い国です。治安がとても良いし、思いやり、ホスピタリティもものすごくあります。

 

子供を外に遊びに行かせることもできるし、財布を落としても戻ってくることが多いです。なぜかというととても優しい人が多いからだと思います。しかし、一方で日本はその「優しさ」に注意しすぎています。あまりに和を重んじるばかりに生産性のある社会を築くことが困難になってきているように思えます。

 

たとえば、会社の会議で、上司に意見があっても何も言えない、なんて話をよく聞きます。それは、「和を重んじる優しさ」です。しかしその優しさは本質的なプラスを生み出しているとは思えません。それではダメなのです。

 

本質的なプラスを生み出すためにはそこで和を崩してでも会議に生産性を持たせるための発言をしなければならないと思います。そして日本は今その力が足りていません。だからこの世界での自由経済の競争に打ち勝っていけなくなっているのだと思います。

 

少し話はずれましたが、このように優しさを活用することで、日本をより豊かに、そして、自らの徳も積むことができると考えています。そして、それは連鎖すると考えています。今まで日本になかった考え方、本質的な優しさを受けた人々はそれを別の場所で行うことができます。

 

なので、その人は日本をまたよくする行動を行い、その人も徳を積むことができる。正の連鎖を生み出します。これがこれからの日本のあるべき姿出す思います。

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