土方の兄はヤンキー車でのドリフトやレース好きで、車の改造や修理代で親に300万円借金

お世話になります。いつも悩みに目を通していただいてありがとうございます。お題のものがなかなか思いつかないので、関係ないですが、私の家族についての悩みを書きたいと思います。

 

私は父・母・双子の兄の4人家族です。親は私が3歳の時に離婚し、色々あって今は仲が悪くはないです。私と兄が3歳の時に、母が家を出て行きました。真夜中に車で出ていく母を、兄と一緒に泣きながら走って追いかけた記憶がうっすらと残っています。

 

その後兄は母に、私は父に引き取られました。小学校からは兄と別々の学校に通い、私はみんなに一人っ子だと思われていました。母がいないと思われるのが怖かったのです。理由はわかりませんが、バレそうになると、目の前が真っ暗になる程怖かったです。

 

小学校高学年くらいまでは、月に1回ほど母と兄のところへ遊びに行っていました。その時に兄と一緒にお参りに行き、両親がまた会って話してくれるようになりますようにとお願いしました。それから数日後、私が電話で母に、「父と会ってほしい」と頼み、顔を合わせてくれ、それからは4人で会えることも増えました。

 

それから高校生になり、父の仕事が忙しくなった頃、私は母の家で暮らすようになり、父がたまに帰ってくると言う不思議な形になりました。その頃から今まで、母は計3人ほどとお付き合いしています。

 

色々ありましたが、今ではこの幼少期の頃の環境に感謝しています。このころの辛い思いがなかったら、今の私はここにいないからです。ただ、兄については、悩んでいます。兄は、幼少期から喧嘩早く短気でしたが、優しさのある子でした。

 

内気で人見知りな私とは正反対でしたが、とても仲良く遊んでいて、たまにしか会えなかったのでラスカルのぬいぐるみをお互いに行き来させて、会えない間、気を慰めていました。家族だからこそですが、兄のいいところはたくさん知っています。

 

しかし今、兄は地元で土方の仕事をしていて、給料もあまりもらえていなく、世間から見たらヤンキーのような生活をしています。車でドリフトやレースをするのが好きで、車の改造や事故の修理代で親に300万円ほど借金があります。家に帰ってもほぼ話をせず、私が帰省してもあまり反応しません。

 

嫌いという感情ではなく、話さないことがいつしか当たり前になったという感覚だと思います。兄がこうなったのは、幼少期の環境のせいだと私は思っています。父がいなく、母も夜勤で働いていましたから、兄はとても寂しかったと思います。

 

母は与えることが愛だと思っているところがあるので、ほしいものはなんでも買ってもらえて、でもいつもコンビニ弁当で、家に人がいない…この環境が長く続き、兄は少しずつグレて、趣味の車好きの仲間にしか心を開いてないのだと思います。

 

兄の現状を少しでも変えたいと思います。少しでもこれから幸せになれるように、愛する人に愛されるように、自分の家族を大切にできる人になってほしいです。ですが、それは難しく、大きな課題です。

 

家族旅行に連れて行ったり、少しずつですが兄がまた私たち家族に心を開いてくれるよう、まずは言葉ではなく行動で、少しずつ私の想いを伝えて行きたいです。家族や大切な人にできることの選択肢を増やすために、これから着実に稼げるようになれるよう、努力していきます。

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