離婚後子供を引き取り調理師の免許と2トン車の運転ができたので給食センターで働いたが

私は離婚後子供2人何とか引き取り、会社自体無くし、これからは好きな事が出来る、誰にも何も言われず好きな事ができる、と意気込んで見たものの、40才過ぎの子持ちの女には特に何も才能なしなのでハローワークに通いながら貯金を切り崩しての生活でした。

 

当時アルバイト情報で見た月給25万❗️と言う給食センターの募集に飛びつきました。電話を掛けてみると直ぐに面接ととんとん拍子に面接、採用となり私は調理師の免許と、2トン車の運転は、得意分野でしたので始業の日、自己紹介と会社の皆さんの紹介があり、会社の簡単な説明、案内を受けました。

 

明日からしっかり頑張るようにと社長、専務に期待しているからなと言われて気を良くしていましたがいきなり、明日の出勤は朝5時半❗️幼稚園の給食なのでお昼配達が終わったら帰れるものだと思っていましたが、次の日出勤してみると社員は皆目がどんよりとして覇気が無く、昨日とは大違いでした。

 

早速揚げ物(フライドポテト)専属になり暑く汗が流れる時間との勝負で、先輩には早くしろ、出来たものは冷却室に揚げながら運び走りの繰り返し、揚げ物全て終わり盛り付け、水分補給したい所ですが2トン車に積み、積み込み終わると運転して幼稚園に配達、その後各クラスに運びます。

 

その一つずつの缶が重いのに一度に4つずつ持たないと時間が間に合いません。一つの缶は15キロ以上です。二軒の幼稚園に配達が終わると休憩でした。

 

後片付けして帰れると思いましたが明日の仕込みです。手が遅いと帰れないぞと怒鳴られながら玉ねぎの皮むき50キロ、じゃがいもの皮むき100キロ、人参30キロをこなしましたが夜11時でした。

 

又朝5時半出勤なので、初日からもう大変な1日でしたが、妙な洗脳を受け、明日も頑張ろうという気になりました。生活費を稼ぐことで頭がいっぱいでしたから。

 

朝から、大きなボールに卵250個割り運ぶ、ひとボール50キロ、なんて慣れて来た頃、調理師の私より一回り若い先輩の女性が、私が、会社に入った事で運転が出来ない彼女は、釜番といわれる皆んなが恐れる70キロの釜、米を研ぎ水が入った釜は70キロあると言うのを聞いてびっくりしました。

 

誰よりも早く会社に来て10釜冷たい水で米を研ぐのです。私は配達の時、彼女と一緒になった事があり、私が運転で彼女が助手の時、何でこんなブラックな会社で働く必要があるの❓と聞いてみたところ、「この会社は半年働いているけれど4ヶ月で皆んなクビになるの。私は半年使って貰えているから頑張らないと」と言います。

 

ギョッとしました。どういう事か良く聞けずに居ましたが、7月に差し掛かった頃社長に呼ばれ、会社の誰々がお前の事をみんなの前では手早いが一人になると仕事してない、もう一人は配達の時さぼっているとかみんなが言ってると話されました。

 

あーこれなんだ、4ヶ月で首になるって事は。夏休みは1ヶ月休みなので次又採用するの繰り返しだった。一緒に団結して頑張って来た仲間と思っていた人達は、自分はクビにならないためこの先も頑張り続けるのだろうか?と考えさせられました。

 

直ぐに辞表出させて頂きました。こんな会社が存在することを知り、良い経験でした。

コメントは受け付けていません。