子供の頃から親や家族に馬鹿にされて育った記憶が刻み込まれてマイナス思考の塊に

私は生まれつきという訳ではありませんが、物心が付いたときから自分は何をやってもダメな人間で人よりも劣る人間だと思って生きてきました。ですので人の前に出ることは出来るだけ避けて生きてきました。

 

リーダーになって率先して何かをやり遂げると言う事はせずに人の行動を観察して自分にも出来るのかどうか判断してから今まで生きてきました。

 

子供の頃から私は親や家族にどちらかと言えば馬鹿にされて育ったという意識が記憶に刻み込まれて、マイナス思考の塊の様な人間です。(かと言って親や家族を恨んでいるわけではありませんので誤解はしないで下さい。たぶん家族も悪気で言っていたのでは無いと私は思っています)

 

運動神経も悪く、子供の頃から自分が言う前に親は担任の先生に内の子は運動神経が悪いので体育の成績は悪いのが決まっていますと言っていたり、姉妹からもお前は鈍くさくてウスノロだからとか言われ続けていました。

 

逆に何かの偶然か分かりませんが、私が部活の副リーダーになったときは家族で、笑いものにされた記憶もあります。なぜ笑いものにされなくてはいけないのか未だに分かりません。このときから部活もサボりがちになりなりました。

 

とにかく子供の頃は家族のバカにしやすい存在でしか無かったと言う記憶しかありません。学校が卒業(専門学校)近くなり就職活動もしなくてはいけない頃になってもマイナス思考が心の中にあり真面目に就職活動は出来ませんでした。

 

夢も希望も20歳という若さで既にありませんでした。結局当時バブル全盛期で景気も良かった頃でもあったにも関わらず新卒で職業安定所の紹介で就職しました。

 

その様な会社なので特にこの会社に居続けようと言う気持ちもありませんでしたし、何より当時の同期からもイジメの標的のような無視という扱いをされていました。そして、思っていたとおり半年ほどで退職しました。

 

半年ほど家に引きこもった状態でしたが、これではいけないと思い近所の大手電機メーカーの工場で作業者として働き出しました。その会社では真面目に仕事していた為かいつの間にか工場で生産した物の修理の会社があると紹介されて転職。

 

修理作業自体は嫌ではありませんでしたが、クレーム対応がメインの様な職場で電話恐怖症や当時の社長のパワハラなどから鬱病を発症してしまいドアの取っ手に縄をかけて自殺未遂し精神科に入院となりました。これが40歳の頃で今から10年ほど前の話です。

 

休職から復帰してしばらくは比較的ではあるが精神的に楽な作業をさせてもらいましたが、当時の上司からは「同期の○○にはもう追い越されたな!」というような鬱病で復帰した人に対して言うことでも無いことを言われたり、「鬱病は特別な人がなる病気で普通の人がなる様な病気では無い!」のような信じられない事まで言われる。

 

そのような日が続きましたがそんな上司も定年で退職し、やっと少し平和になるのかと思えば、業績悪化で親会社に吸収合併。その後の会社でもやはり強い人間のみが絶対意見を持っていて下っ端は逆らえない様な職場となりました。

 

仕事内容も今後は修理よりもクレーム対応がメインになる様な雲行き。故障しているから連絡が来ると言う基本的に不満を聞かされる電話対応でますます電話恐怖症になり、会社でも何の意味の無い様な小集団活動のような物や99%仕事のはなしの慰安旅行。

 

同僚ともギスギスした関係が続き2度目のうつ病で休職、そしてこの休職の間に体調がさらに悪くなり病院で検査の結果糖尿病と診断され入院し、先月退院した所です。

 

今現在は傷病手当で生活していますが、何時までもこの手当をあてに出来ないので職場復帰か転職しかないかと考え中であります。そんな時にネットを使って検索していた所で松田さんの動画をたまたま拝見し興味がわいたというところでございます。

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