パワハラで鬱病になりドアノブにLANケーブルで首をつって自殺未遂をし精神科に入院

パニック障害になった時に初めて自分は死ぬのではないかと思う様になりました。少なくとも何か異常な病気なのではないか?と言う事で悩みました。しかし、人に話しても理解してもらえません。

 

「気の持ちよう」だとか「怠けているだけ」だとか言われるだけでした。そんなことでしたので人に相談することも止めてしまいました。しばらくして社会人になりました。しかしパニック障害の症状は治りませんでした。通勤電車に乗れずに出勤出来ない事もありました。

 

そして、病院へ診察してもらったのですが、軽い対人恐怖症の要素があるだけで特に異常なし。こんな事でわざわざ病院に来るな!?という感じの対応をされました。

 

今現在なら精神科や神経科でもパニック障害や鬱の専門外来があるくらいなのですが当時、私の若い頃はただの怠け者の様な扱いだったのです。それこそ自殺してから初めて鬱病だったのかもしれないねという感じの時代です。

 

それから数十年自分は何をやってもダメで価値のない人間だと思いながら生きてきました。仕事も何とか出勤が出来る所で我慢してなるべく辛いことからは逃げる様に生きてきました。

 

そして40歳という年齢で今の職場でパワハラのような職場に我慢しきれずに完全に鬱病になってしまい精神科に入院しました。精神科に入院する基準というのが自殺する危険性があるかどうかが判断基準だそうです。

 

実際にドアノブにLANケーブルで首をつって死にかけたのですが、死にきれませんでした。そして入院…。たぶん、心のどこかで生き延びたいと言う気持ちがあった様に思います。本気で死ぬなら飛び降りが一番確実なのは分かっています。

 

生と死について考えるとまず、何の為に自分は生まれてきたのかと言う疑問が頭を過ぎります。病気になる為に生まれてきたのか?人生の半分以上は病気に悩まされた生活のように思う。

 

世の中には私なんかよりももっと大変な病気にかかっていても強く生きている人は沢山いるのも分かっています。ついつい比較してしまう。意味の無いことであることは分かっているがつい比較して自分を情けないものと考えてしまう。こういった気持ちの無限ループです。

 

そして、50歳になりまたしても鬱で休職、そして今度は糖尿病と言ったオマケ付きで、もう若くはないのですね。

 

こういった無限ループを脱出するには生活に心配や苦労ということが出来るだけ無い生活にたどり着きたいと思い試行錯誤して自分で試してみても上手くいかない。常に失敗した自分を想像してしまう日々です。

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