政策金融公庫で借入し耳つぼ健康ダイエット法のサロンを開業したがMLMで経費がかさむ

こんにちは。Bです。お世話になります。最近こうしてPCに向かって文章を書くことが楽しみになってきています。

 

今まで、あまり家族や友人にも話すことがなかった内容を文字にして伝える作業というのは、つらい部分と向き合わなければならない時もあり、手が止まってしまうことも多いですが、それを乗り越えたら言葉にすることで心に整理がつくような気持ちになります。

 

そろそろ私の本当の悩みを、書きたいと思うようになってきました。いじめ体験とは、はずれますし文章がまとまらないかもしれませんがよろしくお願いします。

 

私は、57歳になります。二人の息子がいます。二男は結婚し一歳になる子どもがいます。8年前までは、主人と長男(二男は、私の実家で住み込みで働いていたため別に暮らしていました)と暮らしていましたが、主人の暴言などに耐えられず、当時20歳になった息子と二人で計画を立て、家をでてアパートで暮らしました。

 

そのころは、看護師をしていましたし、息子も就職していましたので二人で生活するには、贅沢はできませんが 主人からの圧力を受けるよりははるかに幸せでした。

 

主人は、姉が3人の末っ子で、わがままに育てられたせいか自分の思う通りにことが運ばないと暴言を吐き、誰彼なく人格を否定するタイプの人でした。

 

結婚した当時は、主人の実家に義父母と8年間と同居していましたが、義母と主人とのけんかが毎日のように繰り返され、息がつまりそうな日々を送りました。

 

義母も支配欲が強く、主人と同じタイプの人間でした。私もよく皮肉を言われ、それから逃れるために、知り合いに誘われるがまま宗教や倫理の勉強会に行っていました。さすがにその時間だけは、穏やかな気分になった気がしていました。

 

自分が変われば周りがかわるよと教えていただき実践しましたが、数年たっても同じ状態でした。私は、ただ虚しく毎日を過ごしていたのです。今は、宗教や倫理の団体に、籍はありません。

 

そのあと様々なことがあり、主人の実家から逃れるように家族4人で家をでました。それから私達の転落人生の始まりでした。

 

主人は、建築関係の会社に勤めていましたが、もともと人に指示されたりするのがばかばかしいと思っていた人です。実家を出たのを機に脱サラをしてフランチャイズのお弁当屋を経営することになりました。

 

この時の開業資金に預貯金をすべて使い、金融公庫からの借入金と私の父から借入をしましたが、店は3年でつぶしました。その後主人は職を転々として生活費も入れたりいれなかったりしましたが、私も働いていたので生活はできていました。

 

その後、父からの借入金以外はなんとか返済しました。父が5年前に亡くなるまでは、少額づつ返済していましたが亡くなった後は、返済はとまりました。

 

すでにこのころには、私たちは別居していましたので、そのことについて話し合うこともしてきませんでした。主人は、一人暮らしになってから寂しさの裏返しか、電話やメールで脅してきたりするようになり、私と息子は、最近まで住所を閲覧できないようにしてもらっていました。

 

あちこちでクレームでがひどく逮捕されたこともありました。私は、不眠となり仕事してはいたものの、不安で薬を内服していました。安定剤ですが、仕事に支障もでるので服用しないと不安がおしよせてくるのを抑えるのに必死でした。

 

また、このころから体調不良となり肺炎や下血などで病院に運ばれることが増えていきました。心臓弁膜症もあるため、徐々に看護師の仕事をつづけることに限界を感じ、別の仕事を探していたところある地方紙に載っていた「耳つぼの先生」という記事に目が留まったのです。耳つぼ健康ダイエット法というもので話を聞きすぐに資格をとりました。

 

自分でサロンも持てるし体力的にも私にできそうでしたので、看護師を辞めて転職することにしたのです。けれど起業するには、資金が必要ですが私には、恥ずかしい話ですが、貯金がその時150万円しかありませんでした。

 

一時は、断念しましたが「耳つぼ先生の先輩」が借入してできるしすぐ回収できるシステムだから大丈夫よと強く勧められ、見切り発車でしたが政策金融公庫で380万円借入してサロンを開業しました。

 

ほとんどが、サプリの仕入代です。耳つぼ+サプリで健康的にダイエットをしていくというもので日本の生活習慣病を半減させるという理念に基づいた協会ですが、サプリメントの購入システムがいわゆるMLMでした。

 

MLMにそれほど抵抗はなかったのですが、成功するためには、一年間はイエスマンでいてくださいと言われ、セミナー、勉強会などには100%出席をするようにと。モチベーションや人間力を高めるには波動の高い場所に常に行くこと。

 

そのように教えていただき、この一年間、全国どころか海外(アメリカ9日間など)セミナー出席、勉強会と合わせると週2回は、どこかに出かけていました。経費がかさみ不安になっていきました。

 

しかもセミナー参加するために、一定数の仕入が条件でした。強制ではないよといいながらほぼ強制的でした。サロンの方は、地方紙に広告宣伝やちらし配り、HPなどで認知してもらう努力をしてきましたが、当初イメージしていたお客様の人数とは、ほど遠いものがあり、もともと資金力がなかったので、どんどん困窮していきました。

 

去年暮れに、こんなことしていたらダメになるとようやく気づき、セミナーには参加しない、できないとを伝えました。これで少し経費を抑えようと思ったのです。

 

少ない預貯金もサロンに使い、お客様からの入金があれば仕入をするという自転車操業をしています。当然、給料などはありません。毎月毎月やってくる支払に追われ、なんとか死なないでやっている現状です。

 

仕事自体は、とても好きですし自分に合っていると思いますのでなんとか乗り切って続けていければと試行錯誤している状況です。結構時間があるので、有効利用したいと思いPCで収入を得ることを考えていたところアフィリエイトというものの存在を知りました。どちらかというと苦手分野です。

 

2月はじめのことです。Aという会社の方のサイトに目がとまり、そのマニュアルの丁寧さに引き込まれ、現在マニュアルをみながらスポンサードサーチで8個くらいの広告をだしています。人生初の挑戦です。今のところ報酬はありません。

 

次は展開式に挑戦していますが、これがなかなか難しいです。やっと記事は2件かけたのですがASPの審査に通らなかったりと足踏み状態です。毎日2時ころまで奮闘していますが、疲れてきました。けれどやり遂げないと生きていけません。そんな思いで記事を書いてもいい記事かけないですよね。

 

以前から松田様の動画はYoutubeで拝見していましたので自分になぜお金がないのかも理解できますし、愛と比例しているとも感じていました。今、切実に松田様の動画を観ています。

 

なぜ、もっと早く引き寄せなかったのかと。私は、またどこかで判断を誤ったのでしょうか。Aという会社のマニュアルは24万円でした。この分は回収していただきます。という自信にあふれた言葉でしたのでそうしたいと強く思っていますが、不安です。

 

私は、生きたいのです。私の家族、息子たちとつつましく生きていきたいのです。それだけです。長い文章で、松田様が不愉快になってしまわれないかと思いましたが、最後まで読んでいただいてありがとうございました。

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