プロフィール

2005年に独りで起業、独りネットビジネスにこだわり15年ほど。『独りネットビジネス』にこだわり約15年。在庫なし、初期費用なし、維持費なし、安定志向、独りでできていつでも辞められるビジネスを専門にやっています。

仕事

ホームヘルパーの資格を取り大手の介護会社に就職し訪問介護員として働いた

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今、介護の仕事をしています。介護の仕事を始めて今年で13年になります。介護の仕事に出会ったのは僕が専門学校に通っている時でした。専門学校は建築の学校で就職するか大学に行くかで迷い大学受験しましたが失敗。就職試験も落ちました。後が無く受けた所がそこでした。

 

部活が終わり何をして良いかわからなくなって、燃え尽き症候群だったのかもしれません。その当時誰とも関わりたくなく、その場しのぎの嘘や適当な事をしてやり過ごす事で自分や周りを騙していました。

 

入学してからは学校が楽しく友達とも仲良くなり、バイトも始めました。バイトと学校の両立は難しく寝坊が多くなり、遅刻も増えていました。先生には何度となく怒られました。学校に親も呼ばれた時もありました。

 

専門学校の1年生から2年生になる春休みの時にホームヘルパーの資格を取るというのがあり、友達も行くから自分もと安易な考えで受けに行くことにしました。建築とかけ離れていると思われますが、間接的に繋がりがあります。(バリアフリー等)

 

ホームヘルパーの資格に必要な介護の基礎や知識を学校に行き習いました。座学と実技です。とても楽しくやりがいがあると思いました。度々めんどくさいという気持ちがあり宿題を先延ばしにしてやらず、やった。宿題は出した。と軽はずみな嘘をまたついては学校に迷惑をかけていました。

 

また先生に怒られる、を繰り返してました。何とか怒られながらも宿題を提出し、無事資格を取得することが出来ました。2年生になって就職活動をすることになり、建築学科13名中僕一人介護の世界に飛び込みました。この仕事しかないと思っていました。

 

お前は絶対に落ちる、言われていた当時Cという大手の介護会社に面接に行きました。面接も筆記試験も合格し、就職試験に合格しました。その後も専門学校に通い卒業しました。

 

C社に入社してすぐに東京に入社研修のため1週間行く事になりました。親元から離れる事なんてなかったので行く時は楽しみ、期待と不安が入り混じって興奮していました。

 

出発の日、空港まで送ってもらう予定が猛吹雪で途中JRで行く事になり飛行機の出発時間に間に合わず遅れてしまいました。胸中不安でしかありません。中には私と同じように遅れてきた人もおり、不安はなくなりました。

 

一緒に東京に行く事になり研修が始まりました。研修ではあいさつの仕方から雑学、人と人とのコミュニケーションなどを学びました。あっという間の1週間でした。1週間の最初だけホームシックでしたが友達が出来てからはホームシックはなくなりました。

 

配属は札幌で介護の分野でやりたいと思っていたのとは違いましたが、訪問介護員として働く事になりました。訪問介護という仕事は、車でお客様の家を回って料理、洗濯、買い物、掃除、入浴介助をしなくてはいけない仕事です。入社してからの僕は人の役に立ちたいという気持ちが原動力でした。

 

働きながら自動車学校に通っていたため、最初は自転車でお客様の家を回っていました。訪問介護の仕事は大変でした。1日に7~8軒を回らされ終わってからは事務所に戻り残業をし家に帰るのは21時くらいでした。

 

1年に3回は辞めたいと思っていました。その度に原点に返っての繰り返し。学生気分の抜けていないぼくは最初クレームばかりでした。家に行ってもお客さんと喧嘩したり、口答えしては出入り禁止になったこともありました。

 

それでも辞めることなく10年続けることができました。10年経ったある日、高校の先輩から連絡がありうちの病院で働かないか?という話を頂き自分の力が必要ならという気持ちで10年働いた会社を辞め、今の働いている病院で働く事になりました。

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