プロフィール

2005年に独りで起業、独りネットビジネスにこだわり15年ほど。『独りネットビジネス』にこだわり約15年。在庫なし、初期費用なし、維持費なし、安定志向、独りでできていつでも辞められるビジネスを専門にやっています。

いじめ・人間関係のなやみ

私の病気をネタに○○菌と言っていじめた子の名前を覚えていて人生のトラウマ

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私は50歳です。で、いじめにあったのは今から40年程前です。病気がネタだったので本当に辛かったです。

 

どうしても忘れられないことは、私の病気を○○菌と言って汚がられた事、子供たちに任すと言う名目の学級会では、何故○○はそんな病気なのか?と前に立たされ、さらし者にされた事。
 
 
今では大問題になりそうな事も当時の担任は、子供達に任すと言う事で知らない顔をしていました。私がいじめる相手に対して抵抗したことは、唯々泣き顔だけは見せない、それだけでした。それがまたきっと、苛める側からしたら可愛げがなかったんだと思います。
 
 
でも一度、音楽会の時に両親が一生懸命私の写真を撮ってくれていた姿をいじられた時は、ロッカーの整理をするふりをして泣いてしまいました。
 
 
一応背中を向けていたけど気付いた子はいたかもしれません。この世の中子供の頃に、いじめに合った人は沢山いるでしょう。大人になって忘れる人もいるでしょう。またそれを許して魂の成長をされた人もいると思います。
 
 
でも私は私をいじめた子の名前も覚えているし、はっきり言って今でも腹が立っています。要するに根に持っているのです。自分にとって何も良いことなんて少しも無いのは分かっているのですが、やはり未だにその思い出が足を引っ張る時があります。
 
 
受けたいじめは私の人生のトラウマになりました。それだけ子供の頃に受けたいじめは一人の人間の一生を左右するくらい大きいものになる場合もあるのだと思います。
 
 
でもいじめた側はきっとそんな事はもう覚えていないでしょう。そして自分の子を持ち、その我が子がいじめにあった時、彼らはいじめに対してどう思うのか?
 
 
いじめは悪と思うのか。それとも自分が子供の頃を思い出して、いじめる側の気持ちまで配慮できるのか。知りたいところです。と、私のそのままの気持ちとしては、いじめに関して恨みがましくネチネチと書きましたが、私もだてに50年生きてきたわけではないので少し学んだ事もあります。
 
 
自分を救おうとしているうちに、スピリチュアルな世界に興味をもって沢山の真理にふれる事が出来ました。もちろん人の痛みも分かるし助けたい想いもあります。私は今の自分が嫌いではないです。
 
 
弱く傷つきやすく、自分の存在価値なんて見い出せなかった私ですが、今では小さな事で右往左往してしまう自分が何か愛おしく思えます。
 
 
私だけは私の味方でいようと心から思えるようになりました。虐められた経験があったからこその今の自分がいる。そう思えるようになりました。
今でも子供たちの中で、いじめはあるでしょう。
 
 
 いじめられる側にも問題があると言う人もいますが、やはり集団で一人をいじめるという行為に正当性は、無いと思います。
 
 
一人一人に個性があり、それを重んじることが当たり前になりつつあるこの現代で、いじめると言う行為が、どれだけ恥ずかしいことなのか、大人たちが身をもって教えてあげないといけないと私は思います。

 

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