プロフィール

2005年に独りで起業、独りネットビジネスにこだわり15年ほど。『独りネットビジネス』にこだわり約15年。在庫なし、初期費用なし、維持費なし、安定志向、独りでできていつでも辞められるビジネスを専門にやっています。

生まれつき・コンプレックスの悩み

「漏斗胸」で肋骨の変形で胸の中心部がボコッと陥没している症状で手術をした

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 私は、生まれつき「漏斗胸」です。肋骨の変形で胸の中心部がボコッと陥没している症状です。人によって程度が変わりますが、成長するにつれて陥没がひどくなってきます。

 

酷い人になると徐々に内臓を圧迫してくるそうですが、私の場合その結構酷い方だったらしく、小学校でみんなと違うことに気付き始め、中学生になると心臓が肋骨に圧迫されてきました。

 

陸上部でしたがだんだんと苦しくなり始めました。長距離は絶対無理でした。だから、短距離と走り幅跳びでした。やがて苦しさの限界が来ました。親としては早く手術してあげたかったようですが、なにせ貧乏でしたからなかなか踏み出せなかったようです。

 

しかし、高校1年の時に先天性だったら手術費用はさほどかからないと情報があり、1年生の夏休みに手術をしました。1か月ほど入院してました。胸の端から端まで大きな切った痕が出来、なんか胸の形もいびつに仕上がりました。しかも胸の神経は戻ってなくて、今でも麻痺している感じです。

 

 

退院した時は、足の筋力が戻らず歩くのがやっとで、「走るってどんなするんだっけ…」っと体の使い方も思い出せませんでした。しかも、手術後からは胸が凄く痛くて痛くて泣きそうでした。しばらくの間は胸に刺激を与えてはいけないと言われていたので、人とすれちがうのも胸に当たらないかと恐怖でした。

 

当然体育の授業もしばらく休みです。夏休みの手術でしたので、ほとんどの人は私が手術したことは知りませんでした。自分から言ってはいましたが、親しい友達以外の人は直ぐに忘れているようでした。いつものように笑って絡んできてくれて肩を組まれたりされると胸に当たるようで怖くて避けるようにしてました。

 

頑張って体育も出るようにしましたが、みんなが気を使って、ラグビーとか柔道とか力を抜いてくれてましたが、やはりコソコソと「ったくまともに試合出来ねぇじゃんっあれじゃ、まいるぜっ」といつも言われていました。辛かったです。

 

スクールバスも恐怖の場所でした。とにかく満員です。ギュウギュウです。胸が当たります。カバンや腕でなにげにカバーしながら乗ってました。そんな生活に疲れてました。

 

でも一番辛いのは、この身体を見られることでした。体操服等に着替える時とか。夏は大好きで、頻回に海水浴へ行ってました。活発に遊んでました。手術をするまでは…。もう、人前では裸になれません。

 

高校生ですから、まぁ、エッチもしたくなる頃ではありましたが、そんな女性に、しかも好きな女性にこの裸を見られたくなかった。恥ずかしい…。また傷つく言葉を言われるのかと思うと、怖かった凄く怖かった…。

 

夏は大嫌い。なんでクソ暑いんだ。シャワー浴びたのに瞬間汗をかくから嫌い。海辺なんてチャラくてビッチな奴らの集まりだ。TUBE・サザン・あんなしょうもない音楽聴けるかっ。元々ロックは好きだったけれど、この頃からもっとアンダーグラウンドな方向へのめり込んでいきました。

 

でもそのおかげで、胸の傷は徐々に嘘つきの傷となりだいぶ気にならなくなりました。「ちょっと事故してねぇ」「喧嘩してこうなったんだよね」「自分で裂いてやったのさっ」みたいな…。激しいROCKでは、ステージパフォーマンスで自分を切ったりするし、リスカの痕みたいな事とか。

 

傷がちょっと意味を変えて解釈される世界なところもあって、ごまかし、逃げていたのです。しかし、当たり前ですが大人になってからはそうはいきません。

 

やはり、更衣室で着替える時とか、健康診断の時とか、海水浴に誘われたり、飲み会では裸踊りみたいなのをさせられそうになったりとか。職員旅行での温泉とか…。私は付き合いの悪い、ちょっと変わった社員になっているのです。

 

中年になった今でも、信頼している人にしか裸は見せられません。(身内くらいですが)まぁ、そのくらいなんだって思う人も居るでしょうが。私にとっては、人生が変わった出来事でしたので。

 

あと、視力が悪いのとニキビができやすい肌。これは多い悩みだと思うんですが、結構たいへんです。可哀想に、娘に2つとも遺伝してしまって、申し訳ないです。

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