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2005年に独りで起業、独りネットビジネスにこだわり15年ほど。『独りネットビジネス』にこだわり約15年。在庫なし、初期費用なし、維持費なし、安定志向、独りでできていつでも辞められるビジネスを専門にやっています。

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愛犬が白内障を患って死んで他のペットが飼えない。酒乱の父は死んで暴力から家族を開放

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一番辛かった死別は、愛犬の死でした。古い記憶では幼稚園の頃にはすでに家にいました。亡くなったのは、僕が高校生の頃でした。住んでいるのが奈良県で、市街地でもそれほど栄えている所ではありません。

 

市街地から離れていて、さらに国道など主要道路から離れると、田んぼが広がっていたり、僕の実家はそんな田んぼが多くある場所でした。不謹慎なのかもしれませんが、そんな場所なので愛犬の散歩は田んぼに着いたら首輪から鎖を外して自由に走り回ってもらうのが散歩でした。

 

たまにコンビニに行くときなんかも連れて行ってましたが、そんな時はもちろん鎖は解きません。コンビニの肉まんが好きなやつでした。歳を重ねるにつれて、やはり散歩しにいっても走り回ることはなくなり、僕の横を一緒に歩く感じになっていきましたが、田んぼに着けば鎖は外さないと、ぐいぐい後ずさる感じで怒ってました。

 

歳を重ねていき、皮膚病になりお腹の辺りから毛がなくなり、白内障も患っていきました。散歩も家のすぐ横が柿畑で、そこで少し歩いて帰ってくるくらいになてしまいました。

 

いつからか夜泣きをするようになり、田舎といえ、隣近所はある程度の世帯はあり、近所迷惑ではあったと思いますが、誰も処分は口にせず夜でも頭をなでにいったり毛布をもっていってみたり色々介抱していました。

 

外で飼っていたのですが誰かが近くにいると泣かないことに気づき、夜は玄関で寝かすことになりました。それでも時折なくのですが、玄関であれば人間が寝転んでいても雨風しのげるので近くで寝ていたりしました。

 

ある日朝起き、様子を見に行ったら、寝ているのではなく、すぐに旅立ったんだなとわかる姿で横たわっていました。精一杯撫でて抱きしめてお別れをしました。

 

僕は当時定時制高校に通っていて、昼はバイトをしていたので(高校はさぼってもバイトはさぼりませんでした)名残惜しくはありましたがバイトに出かけました。

 

悔いが残るのが、父は山の散策などが好きで、誰も入らないような山奥に行くこともあったのですが(サバイバルの域で自然と遊ぶのが好きな人です)仕事を休んでチビと父と二人しか知らない場所に埋葬したと後で告げられ、どこに埋葬したのかわからずにいることです。

 

いくら山奥とはいえいつ開発が進むかわからないし、最近だと山奥にソーラーパネル等設置する企業も多いので(これは書いていてふと思いました)当時もそれはいいとして場所はどこ!!と家族で問い詰めはしましたが、わからず仕舞でその父も13年前に他界しました。

 

疋田家ではチビの印象というか思い出がありすぎて、チビの死後は犬を飼ったり猫を飼ったりはしませんでした。父とは高校辺りから衝突しがちで最後を語ると和解というか、良い空気ではないままに死別しました。

 

中学くらいから酒乱が目立つようになり、酒を飲んでは怒鳴ったり母を殴ったりしていました。反攻できるようになったのが高校にはいってからでした。

 

父を殴ったこともあります。上手くは書けませんが、父の葬式で涙を堪えたのは覚えています。そんな家庭だったからという訳ではありませんが、母と兄妹が僕含め4人います、男は僕だけです。

 

家族とは少し疎遠になっています。でも皆元気なのは知っているというか、それくらいのやりとりはあるので、安心です。父の死後の数年は、家族も僕も墓参りなどはしていなかったけど、10年くらいまえからは毎年しているようです。

 

僕も一人でふらっといったりはしています。父との時間の後半があまりいい空気ではなかったけれど、やはり悪い思い出ばかりではないので、死してまで恨んだり、そんな感情もありません。

 

チビは他の動物に見向きもできないように僕を縛りました(いい意味で)父は殺伐とした空気から、また彼に抱いていた負の感情や暴力から家族を開放しました。死ぬという事は、残された身近な存在を縛ったり、解放したりそういう事象なのかなって思います。

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