プロフィール

2005年に独りで起業、独りネットビジネスにこだわり15年ほど。『独りネットビジネス』にこだわり約15年。在庫なし、初期費用なし、維持費なし、安定志向、独りでできていつでも辞められるビジネスを専門にやっています。

生まれつき・コンプレックスの悩み

小児喘息で体が弱く喘息の発作がでると自宅療養か入院。母親は統合失調症

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お世話になります。投稿させて頂きます。生まれつきのコンプレックスと言えば、私は大変体が弱かったという事です。生まれて二歳から小児喘息になりまして、幼少から高校生二年生くらいまで、ずっと喘息と闘っておりました。

 

病気は誰でも有ると思いますが、コンプレックスと言うなら、小学校から高校迄まともに通学をしていない、病気でまともに学校に通えない状況で有りました。

 

しかし、気分の良い時や体調の良い時は学校に行きましたが、小学校から中学校までは友人達のイジメによく有って、小学校の時代が特にイジメはきつかったと思います。常に一人ぼっちで机に顔を伏せてよく泣いていた記憶が有ります。

 

とにかく、学校の授業が分からないし内容について行けない。何故なら、喘息の発作が出ると三日から一週間休み自宅療養か入院も有りました。体育祭や文化祭とか学友たちとコミュニケーションを取り作り上げていく行事も溶け込む事が中々出来ず、何をしてもず--と一人ぼっちの時を過ごした時間の記憶がほとんどです。

 

小学校五年の頃、担任の先生が家庭訪問で息子さんを学習障害つまり身体や知的障害の特別学級に入れて通学を勧められました。それを聞いた父親が大変激怒して、確かに体は弱いが、身体障害で精神障害でもないと担任の先生を追い返しました。

 

その頃は、学校内でなく学校の帰りに同級に囲まれイジメによく会い、何度も泣きながら帰宅した記憶が有ります。又、中学に入る頃からもう一つ自分にとって大きな問題が出ました。

 

母親の統合失調症が酷く成りました。私が小学校五年くらいから、よその母親と何かしら違う変だ、突然頭が痛いとよく横になっていたのを思い出します。

 

しかし、行動と話す言葉の異常中の異常に精神科病院の通院や入院が始まりました。小学校五年から高卒し就職迄の間は私が、出来る家内の事はしておりました。今こそインターネットや何かしら情報は有りますが、私が子供の頃の精神科病院の通院や精神病に対する近所や友達の母親の偏見や口さがない人の流言飛語は当家が当時ボロボロ状態に成りました。

 

これは、今でも引きずり当家は父親が長男で有りますが、分家の親戚連中からは今でも四面楚歌となっております。私が社会人になってからも、母親の病にて何度も私は会社を遅刻する休む。或いは、迷惑づくしの為に退職願いを出す。

 

派遣、アルバイト、借金など、何とか必死に生きてきました。因みに、家族に知的障害、精神障害、身体障害の者がおれば、結婚の適齢期の家族がいてもダメになるのは、私も二回ほど、この人ならと言う人が女性がいましたが、やはり母親の件にて二回結婚話はダメに成りました。

 

私のコンプレックスとは、私自信の体が喘息で体が弱かった事と、現在87歳でまだ生きていますが、母親の精神疾患を何とか治してやりたく、社会人になってからも、ト-タル30年程母親の入院退院や通院や介護をしてきていて、回りは親がキチガイなら息子も頭が狂っていると言われることです。以上、よろしくお願いします。

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