特許事務所に入所し事務の仕事をしつつ、夜は弁理士本試験の受験勉強を8年し合格

私の生まれつきのコンプレックスは、人見知り、うまく話せない、特に大勢の人の前で話すことは苦手です。現在、満73歳の今に至るまでです。

 

付き合って長くなっている友達とは、話ができ、饒舌になり、人を笑わせることもできますが、初対面の人に対しては、特に美人の異性(ブスな異性、老人は大丈夫です。)は苦手です。

 

勿論、不特定多数の人に対して挨拶をしたり、研究発表をしたり、コメントを述べたりことは苦手です。そんな私は、富山の田舎の県立工業高校電気科を卒業し、東京の一部上場会社に就職しました。

 

仕事は機械工でした。単に口下手であるだけでなく、手先が不器用な私は、すぐに行き詰まり、転職しました。転職先は、一部上場会社ではなく、従業員十二、三人の家族経営の町工場でした。

 

私が卒業した電気科の知識を活かせる電子機器の配線が仕事で、仕事は私に比較的合い、口下手が致命傷になることもなく、少ない従業員仲間と特に人間関係で悩むことなく、結構楽しく配線工生活を送っていました。

 

しかし、工高卒ではたとえ中小企業においても出世は期待できず、年収の面でも不安であり、何か打開策がないかと模索しました。そして、見つけたのが、特許弁理士でした。弁理士になって特許事務所を開いて頑張れば、大勢の人の前で話さなくても仕事ができ、結構収入になると考えたのです。

 

そこで、弁理士試験に挑むことにしました。仕事が終わると、弁理士予備試験の受験勉強を始めました。会社には内緒です。尚、私は高卒ですので、つまり大学の一般教養課程を修習していないので、、弁理士本試験にいきなり挑戦できず(今はそんなルールはありません)、予備試験の合格に2年かかりました。

 

その後、特許事務所に入所し、特許事務の仕事をしつつ、夜は弁理士本試験の受験勉強をする生活を略8年送り、合格しました。勤務した特許事務所は所長1人、所員4、5人でしたので、口下手の問題は生じませんでした。

 

その後、9年後に独立して特許事務所を開設しました。約30年後(去年)弁理士登録抹消申請し、事務所を閉鎖しました。事務所は、私と妻(経理と事務補助)の二人だけで経営してきました。

 

開業2年目頃に、メインクライアントから、所員を増やして仕事量を増やしてみないかと言われたこともありますが、やはり、あまり口がうまくないから従業員として他人を入れるのは苦手という考えからです。

 

現在、73歳で、なんとか弁理士人生を全うできた感じですが、同期で弁理士の成功を目指した仲間よりは成功の度合いが低いのは、やはり、口下手で大勢の人の前で堂々とスピーチをしたりすることが不得意で、自信を以て中規模の特許事務所を築くという道は歩めなかったからです。

 

なお、老後の資金は必ずしも十分とはいえず、不安ではあります。コンプレックスが自分の人生に大きく影響するのは、事実だと思います。

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