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健康診断でB型肝炎のキャリアと判明し他者への感染もあるので結婚できなかった

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私が30歳の頃、冠婚葬祭の会社で働いていた頃に、会社の健康診断で、私は糖尿病と宣告されました。目の前が真っ暗になりました。

 

しかしもっと深刻だったのは、その血液検査で私はB型肝炎のキャリアである事が判明した事です。(B型肝炎のキャリアとは、発症はしてはいないが、そのウイルスを体内に宿している者の事です)勿論、周囲への他言は出来よう筈もありませんでした。

 

この記事を読んで、なぁんだ糖尿にB型肝炎か、よくある話じゃないかと思われたかもしれません。しかし事態が深刻なのはB型肝炎です。キャリアですからまだ発症はしておらず、その種子を体内に持っているという事ですが、他者への感染は起こります。

 

しかもキャリアとはいえ、感染させた相手への殺傷能力は確実にあるという事です。自分がB型肝炎のキャリアである事を知らず、性交の末に、感染させた相手が劇症肝炎を発病して死亡し、その苦しみと悲しみを綴った手記を読んだ事があります。私の心は暗く沈み人生に絶望しました。

 

この病気は血液を介して感染します。治す事は不可能ですし、死ぬまで体内に宿り続けます。キャリアがなぜ発病しないかというと、このウイルスが幼い頃から体内にある為、免疫機能が敵と認知していないからです。

 

が、一旦敵と感知すれば、肝臓に巣食うこのウイルスめがけて、体内の防御システムが一斉に攻撃を仕掛けます。その時に肝臓も破壊され、手当てが遅れれば死へ直結する事もあるという事です。

 

私がなぜ事態が深刻と言ったかというと、こういう理由ではなく、差別への懸念、そして何よりも恋人も作れず、結婚して家庭も持てないという深い悲しみでした。私が30歳くらいの事でした。

 

糖尿もB型肝炎も完治は不可能で、糖尿は子に遺伝する、子に遺伝しない場合は隔世遺伝で孫に遺伝する。(小さい子がインスリンの注射をしている光景を目にする事がありますが、両親とも糖尿であれば、生まれてくる子は確実に糖尿病です)

 

B型肝炎は他者に感染させるリスクを伴い、感染させれば、その相手は劇症肝炎を発症する危険があります。私のようにB型肝炎のキャリアは、この世の中にはたくさんいるでしょうし、また彼等彼女らがどうやってこの苦しみを克服したかは知りません。

 

私の秘密を打ち明けた一部の人は、そんなの気にせずに生きればいいじゃないとは言いましたが、立派に殺傷能力のあるウイルスを宿した当人としては、何の解決にもなりませんし、無責任な言葉以外の何物でもありません。

 

例えば借金の返済を今日に迎えて、返すめども立たずに困っている相手に、酒飲んで何もかもぱーと忘れろと言っているのと同じで、何の解決にもなりません。厳しい現実が待っているだけです。

 

付き合う相手に、実は自分はウイルスを持ってるから、まだ君とはキスはできない、(虫歯や口内の出血があれば安心できないからです)セックスなんか尚更できない、病院で抗体ができる注射打って、なんて事を言おうものなら、相手はドン引きでしょう。

 

遠い昔、あるアイドル歌手が、やはりB型肝炎のキャリアで(この人はやがて劇症肝炎を発症しましたが、理解者に巡り合い、結婚もされたようです)、プールで泳ぐ彼女は、そのプールで泳ぐ子達の親達から、感染が心配だから泳ぐのやめてと言われたそうです。

 

つらかったろうと思います。人間はそれが身体的な悩みであろうが、経済的に困窮している悩みであろうが、本人でない限り、その悲しみやつらさ、そして孤独など、何も理解できない動物なんです。他人の痛みは当の本人と同じ境遇になって初めて解るものなんです。

 

それからの私は殻に閉じこもるようになり、悲しみの感情は怒りへと変わっていきました。なぜ自分がこんな目に……。私はその答えが欲しくて夜、車の中で号泣しながら激しく神仏に問いかけました。それを何度も繰り返しましたが、神仏が答えてくれる事は、ついに一度もありませんでした。

 

その頃、私はまだ30そこそこでまだ若かったので、周囲の仕事仲間が自由で羨ましく、恋人などつくれる人たちや結婚できる人たちが眩しくみえました。それに引き換え自分は何だ? 牢獄に手枷足枷で括られて、暗い牢獄の窓からこの眩しい光景を見ている囚人のようだと思いました。

 

自分で言うのもなんですが、私に好意を寄せてくれていた女性は何人かいました。しかし自分の正体を告白する事は私には出来ませんでした。だから表面では明るく振舞ってはいたものの、心の中では嗚咽して泣いていたんです。

 

恋をし、恋人をつくり、結婚して家庭を持つ……人間が歩むべき、そして謳歌するその道を、私は歩かせてはもらえなかったのです。お前は一人で生きていけ、そう天に言われていると感じました。コップで飲み物を飲む時は唇をつけずに、また鍋物などは箸を口の中に入れずに摘んだ食べ物だけを口の中に入れるようになりました。

 

孤独でした。自分は泣くために生まれてきたのではない! 幸せになってはいけないと言うのか! 自分だって幸せになる権利はある筈ではないか!
若い肉体を持ちながら、好意を寄せてくれる存在がありながら、人生を謳歌できない!

 

これでは生殺しのような人生ではないか! 私は神仏に対し、激しい憎悪を募らせていきました。他人と比較してはならない、そこから苦しみが生じると仏教の教えにあります。

 

それは確かに解るのですが、何の為に生まれてきたのか? 生きていても仕方ないと、私は悲しみと孤独の中で自暴自棄になる事も多々ありました。私は恋とか愛とか、結婚するとか家庭を持つとか、そんな人生を捨てました。

 

神仏とも決別しました。執着から離れたのです。この苦しみは、私の代で終わらせる! そう覚悟を決めたのです。確かに最初はつらかったけど、私は独りで生きて行く人生を歩む事にしました。結婚だけが人生ではない、自分には執筆する楽しみがある。

 

納得できる作品をたくさん書こう、生まれてきて本当によかったと思える人生を生きていこう、独りでも何も寂しい事はない、と……。現在、私は88歳の老母を抱えた60まじかの独身オヤジとなりました。

 

人生を振り返って思う事は、愛と言う感情は変化して行くものだという事です。私は恋愛の経験くらいはありますので(ただし肉体関係抜きです)、この歳になって言える事は、たとえどんな大恋愛の末に結ばれたとしても、愛は必ず冷める時がくるという事、そして変化していくものだという事です。

 

あんなに好きだったけど、なんであんなに燃え上がったんだろうと考えたりするからです。結婚をしても愛は必ず冷め、やがてその愛の対象は妻或いは夫から、子供へと移行していくものです。

 

独りの人生の方が気楽で楽しい、寂しいなどという人の気持ちが解らない、そう考えるほど強く生きてきた私ですが、娘と楽しそうに憩ういとこ(女性)を見ていると、やはり寂しい感情が湧き上がってくるのは否定できません。

 

(私は女の子、娘が欲しかったので……)そして最近、好意を寄せていたある女性が結婚して家庭を築いている事を知りました。子供達の写真を見て、ああ、幸せなママになったんだなと解りました。ちょっと感傷的になっています。

 

よかったねと、心で思っても、現在の自分が置かれている状況と自分の人生を考えると、寂しい思いがします。私が抱えている不治の病二つは、私があの世に行くまで終わる事はありません。

 

食べたいものも思いっきり食べられない、(糖尿を悪化させる最大の天敵、炭水化物、その炭水化物の麺類やパンが大好物なので。ただ現在は貧困で乏しい食料しかありませんが)女性と家庭も持てない制約だらけの私は、なんか禅の修行僧みたいに感じます。

 

若い女性が失恋したからといって、すぐに自殺を考えたりしますが、彼女たちは愛こそがすべてのように錯覚しているだけです。愛は冷めるし変化するんです。またいろんな選択もできるんです。

 

自由なんです。彼女たちは、甘くておいしいものも気にせずたくさん食べられますし、恋愛でもセックスでも結婚でも、何でもやりたい事が、いくらでもできるんです。でも世の中には、そういう事を望んでも、できない人間がいる事も、また事実なんです。

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