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2005年に独りで起業、独りネットビジネスにこだわり15年ほど。『独りネットビジネス』にこだわり約15年。在庫なし、初期費用なし、維持費なし、安定志向、独りでできていつでも辞められるビジネスを専門にやっています。

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父親が働かないため給食費が足りず親戚の伯父に給食費を泣きながら借りにいった

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私が小学生の頃の話です。当時、私の家は父と母、私の3人暮らしでした。後に母は父と離婚をしますが、この頃父親は全然仕事に行きませんでした。別に病気をしていたわけでも、酒に溺れていたわけでもありませんでした。かといって、家族に暴力をふるったこともありません。

 

ただ全然働きもせず、ずっと家にいて仕事をしなかったのです。収入源は母が働いていただけでしたので全然、生活は楽ではありませんでした。

 

そんな状態ですので近所の人もあそこのご主人は全然働かずにふらふらして奥さんばっかりが苦労して大変だねとか、まだ子供さんも小さいのにどうしてるんだろうとか噂されていたと思います。

 

そして私の当時の友達もたまに私の家に遊びに来た時に常に父親が家にいるので小さいながらに不思議に思っていたはずです。そんな噂はすぐ広がりますので私も学校で馬鹿にされたり仲間外れにされた経験はありました。

 

それとよく給食費も遅れたりしていましたしPTA会費みたいなものも遅れていましたので家が貧乏という事も当然、知れ渡り本当に学校に行くのが嫌でした。

 

1番辛かったのは小学3年生の頃どうしても給食費が足りず近所に住んでいる親戚の伯父さんに私が給食費を借りてくるように言われ泣きながら借りにいった事がありました。今でも明確に鮮明に覚えています。

 

それも何度も借りに行った事があり伯父は母のお兄さんですので何も言わないひとでしたが伯母(叔父の奥さん)は少し嫌味まじりに私にあんたも大変な星の下に生まれたなとか1言、今思えば嫌味をいっていました。

 

凄く嫌な思い出ですし、その時クラスメートだけじゃなくて何で叔母さんにまでいじめみたいにされなきゃいけないんだと嫌になっていました。そして父親が働かない事を馬鹿にするのがクラスメートならまだ良かったのですが当時の馬鹿な担任にも馬鹿にしたような発言をされたことがありました。

 

それはある日クラスで作文の発表会がありテーマがうちのお父さん・お父さんの仕事についてでした。私は凄く嫌でした。その日は学校に行くのがいつも以上に億劫でした。

 

他のクラスメートは自分の父親の仕事や休みの日に何処に連れて行ってくれた等、書いていたのですが、私だけ働くお母さんというテーマで母の事を書いて発表しました。

 

そうすると他のクラスメートはなぜ〇〇君だけお母さんの作文なのか?そんなのでいいんですか?と担任に詰めて質問していました。小学3年の低学年なので当然、そんな声が上がっても無理はありません。

 

そしてその後、馬鹿な担任の返答は〇〇君のお父さんは働いてなくて書けないんだから仕方ないやろと言い放ったのです。何の思いやりのかけらもない発言に私はそのまま教室を飛び出し学校を飛び出してそのまま学年が変わるまで登校拒否になりました。

 

後日、母親が学校と担任に抗議し、その時に母は教育委員会の上の方の人を知っていましたので翌年その馬鹿な担任は島流し(移動)になりました。この体験をしてから私は人間不信になり友達も一切作らなくなったのです。

 

本当にいじめというのは何処の世界にもどの立場にも存在します。この話は一切、私が人に心を開かなくなったきっかけとも言える話です。私の話が皆様の励みになってくれたら幸いです。

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