プロフィール

2005年に独りで起業、独りネットビジネスにこだわり15年ほど。『独りネットビジネス』にこだわり約15年。在庫なし、初期費用なし、維持費なし、安定志向、独りでできていつでも辞められるビジネスを専門にやっています。

いじめ・人間関係のなやみ

60代で病気がちになり家族から無視され、同居が苦しく、独り暮らしをはじめた

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67歳、週5日各4時間の清掃パート、独り暮らしです。私の学校時代は昭和30年代に始まりました。学校でいじめられたり、いじめを見たりの体験はなく、当時は今のように「いじめ」の概念がなかったのではないかとさえ思えます。もっとも私は人との関わりがなかったので知らないだけかもしれません。

自分に思い当たらないので、子供たちに問い合わせました。長女には話してもらえず、三女は連絡が取れませんので除外いたしました。

 

「四女の体験」能美(広島にある離島)に引っ越すまでは一切なし。能美で嫌な思いをしたことはあったと思うけど、それがなんだったかまでは思い出せん。でも不登校になったくらいだから、学校生活は嫌だったんだと思う。(小学校高学年~中学二年)

 

高校では女特有の陰口とかあったと思うけど、あーばかだなーって静観する程度だからそこまでじゃない。あ、黄金山小学校(広島市)の時、誰かは知らんけど私の上靴をフェンス向こうの山に捨てた人がいる。

 

いじめなんか嫌がらせなんか分からんけど、物質的になにかされたのはその一回だけ。あとは特にない。思い出せんだけかも知れんけど。ということでした。

 

「次女の体験」は「絶対いや、思い出したくないから話さん!」と40歳代になった今もガンとして話してもらえませんでした。おそらく、私には想像もつかない事があったのだと思います。

 

次女は小学校も休みがちで、中学二年三年にいたっては学校に行けませんでした。義務教育だからという理由で卒業証書はもらいましたが、その後も高校にも進まず就職もできず、アルバイト先のクリーニング工場でいじめられ1ヶ月くらいで辞めてしまいました。

 

どんないじめだったのか、頑なに話そうとしないので分かりません。

 

「自分で自分をいじめる」私は体調が悪かったり、気分が落ち込んだりした時には「自分なんか死ねばいい」とか「誰のためにもならない役立たず」など思い、自分自身を精神的にどんどん追い詰めてしまいます。

 

「早く死ね死ね」と自虐的な言葉で、すでに痛む心に塩をすりこむようなことをしてしまいます。これも一種のいじめかもしれません。

 

60代になり、病気がちになってからは今までのように体力を気力で補うことが出来なくなりました。家族の役にも立たなくなり、無視される日々が続き、同居が針のムシロのように感じ、独り暮らしをはじめました。

 

仕事に出られる間はまだしも、病気になると出口がなくなります。死んでしまいたいけど自殺する勇気もないから、色々とことばを探しては自分をいじめている感があります。

 

ことばを探すといっても、そうそうあるものではなく、結局は「死ねばいい」「死ねばいい」と自分で自分を追い詰めるのですが。

 

松田様の動画に出会ってからは、厳しい現実を見据えて反省し、乗り越える方向へ考えが向き、そんな自分いじめをやめる事が出来ました。心から感謝いたします。ありがとうございます。

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