プロフィール

2005年に独りで起業、独りネットビジネスにこだわり15年ほど。『独りネットビジネス』にこだわり約15年。在庫なし、初期費用なし、維持費なし、安定志向、独りでできていつでも辞められるビジネスを専門にやっています。

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孤独死は自己責任か?喪服を着る、御霊前の用意が面倒で葬式に行きたくない

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いつも勉強させて頂いております。食品工場勤務、派遣社員53歳のT.Iです。私は親戚のおじさんやおばさんの葬式に行きません。ご近所の葬式にも行きません。自分で冷たすぎるんじゃないかと思っています。いとこたちにもご近所さんにも、なんか冷たい奴だと思われているかもしれません。

 

でも行きたくない。ご冥福を祈らないわけではありません。法事とか3回忌とかもできるだけ避けたい。誰かに行けと言われたら行きます。行ってくれと言われれば行きます。でも自分から率先して行こうとしません。

 

親戚のおじさんやおばさんは私が小さい頃かわいがってくれました。私に親しみを感じてくれていました。成長するにつれ、私は彼らと距離を置くようになりました。珍しいことではない、ありふれた反応だと思います。

 

しかし大人になれば大人としてのつきあい方があろうかと思います。私はそれを避けてきました。そんなおじさんやおばさん達が80歳、90歳となって一人づつ亡くなっていきます。そのうちなんとかしたいなあと時々思うのですが、なにをどうしたいのか自分でも解らない。

 

絆を取り戻したいのか、感謝を伝えたいのか、ふれ合いたいのか、なにかもやっとした気持ちがあります。でも面倒で結局なにもしないんです。亡くなってからもできるだけ葬式に行きたくない、喪服を着るのが面倒、御霊前を用意するのが面倒、職場に都合つけるのが面倒。

 

彼らとずっと親密にしてきていれば、亡くなったときのダメージは大きくなったでしょう。いろんな思い出が沸いてきて涙がでることでしょう。でも今、おじさんが亡くなったと聞いて、一瞬だけ人のよい、やさしい笑顔を思い浮かべ感慨に及ぶとしてもすぐに日常へ戻っていきます。

 

常に、なにかに追われいる、そんな感じで向き合えないのです。手広く立ち回っているビジネスマンでもなんでもない、時間は作ろうと思えば作れるのです。でも何か忙しい、葬式に出ず、家でこたつに入ってみかんをたべていても、気分がなにか忙しいのです。

 

私は普段、命に関わる現場から遠いところにいます。でも周辺で、一人づつ去って行きます。自分の最後を考えると孤独死という言葉が浮かんでぞっとします。そういう人が増えていますが、大半は自業自得、自分で選んだ結果、自己責任とされます。

 

自己責任は自己責任だけれども、当然それだけで済ましていいはずはないとも思います。孤立が広がる社会であっても、死ぬときぐらいなにか一つ、報われるものが欲しい。もちろんそのためには、まず自分から動いて他者になにかしら捧げるべきですね。でもそこまで分かっているのに動けない。

 

下手な自己分析はこれぐらいにします。お金の問題が減れば、余裕が生まれ、考え方も変わるかもしれません。私ごときレベルの問題は成功者の方にちゃんと学ばせていただいて実践できればクリアできるにちがいありません。

 

今回このようなことを考える機会をいただいて有り難うございます。学びへの意欲がわいてまいりました。

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