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マザーテレサの言葉、思考に気をつけなさいという詩は、紙に書き額に入れた

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こんにちは。Sと申します。いつも気づかせていただく動画配信ありがとうございます。仕事の時間が空いた時、寝る前必ず観させていただいています。心に染みる動画、厳しい動画、すべて観ております。とても考えさられることばかりです。

 

57年間生きてきて、私は何を成し遂げたのだろう、これから何ができるのだろう、それを考えたとき愕然としました。私は、まだ何もやっていないのですから。子供も二人育てましたが、その時は必死でしたが、結局彼らの思いを無視し続けて社会に通用する、社会の枠にはまる人を育てただけだったのではないかと感じています。

 

もう時間は、巻き戻せないですが今からでも私の思考を変えることはできると思います。松田様の動画に出会い、私の思考も物事の見方も随分かわりました。今までの思考がいかに堅物で社会に適用しようとするだけの思考であったかを少しづつ理解できるようになってきたように思います。

 

マザーテレサの言葉、思考に気をつけなさいという詩は、紙に書いて額に入れ私の仕事場に置きました。思考が運命になる。それを体現したいです。きっと自分ならできると信じています。そう思わせていただいたのも松田様のおかげです。ありがとうございます。

 

今回は生と死に関してつらかったこと、悩みということですが、もう35年以上前の出来事をお話します。これまで誰にも話すことなく心の奥底に沈めていたことです。

 

今でも思い出すとあの頃の状況が思い出され苦しくなり、その時の父の気持ちを考えると申し訳ない気持ちでいっぱいになるのです。

 

私は、高校卒業して看護学校に入学する前に42歳の母を亡くしていましたが、その後父は周囲の勧めで再婚をしました。義母は、母とは似ても似つかない外見、声が大きくガサツでした。

 

私は、どうしても好きになれず実家に帰るたびにいやな気持でした。父は自営業で仕事の鬼でしたので、私を含め子供の学校行事など来てもらったこともないし、母と買い物に行くことも一度もありませんでしたが、義母とは、買い物に行ったり食事に行くこともありました。

 

私の記憶の中の母は、目立たないところで父を支え続けいる姿でしたので、あまりの違いに違和感を感じていました。義母には、私と同年の娘が一人いましたが父は、気を使ってか私たちとは扱いが違っていました。

 

そんな様子を、頭では理解していましたが、亡くなった母のことを不憫に感じ、よけいに義母のことが嫌いでした。実家に帰ることも少なくなりだんだん父との距離が離れていきました。帰っても同居の祖母と話すくらいでした。反発していたのです。

 

そのころ私の感情は、浮草のようなものでした。根っこがなくて漂っている感覚。そんな時期に、私にはお付き合いする人が現れました。明るい方で私をいつも笑わせてくれました。ギターと歌が好きで二人でよく歌を作ったりしていました。

 

夢を語り、冒険もしました。若かったので怖いものは何もありませんでした。人生で初めて幸せを感じた時期でした。けれど2年後くらいに理由はわからないまま、会わなくなりました。

 

当時は携帯もなかったですし職場に電話するくらいしかできなかったのですが、なぜか避けられているように感じたんです。私は、不安とどこにもやり場のない意地から電話をし続けました。彼からの連絡はないまま。しばらくして共通の友人から、彼が職場の女性と結婚すると教えられました。

 

耳鳴りがして倒れそうになりました。そんなはずない!と思っていましたが現実でした。もうその時の感情は、深く深く閉じ込めてしまったので詳しく思い出せないのですが、もう私の人生は終わったみたいに思いました。

 

そんなとき、家族の温かさが欲しかったのかもしれません。泣いて帰ったら母がいて「そんなこともあるよ。元気出しなさい」と言ってくれたら・・・大好きだった母はこの世にはいない、父は私のことなど気にもしていないだろう。

 

私にはよりどころがすべてなくなった気持ちになったのです。数日はぼんやり過ごしたと記憶しています。私が次に取った行動は、家族の一人一人に手紙を書き、電話線を抜き、台所へ行ってガス栓をひねりました。

 

しばらくすると周りの音がすべて消えました。どれくらいの時間が経ったのか。気が付くと病院のベッドでした。そばに、悲しそうな父の顔がありました。父は何も言いませんでした。ただそばにいてくれました。

 

子供のことは、母まかせで行事ごとには一切来てくれたことがない父が、私のために初めてそばにいてくれていることが不思議な感じがしましたが、私は、味わったことがない安心に包まれました。

 

私は、何も語らない父の気持ちがすべてわかりました。私も親になってはじめて知る気持ちがありますが、やはり父も大きな心で包み込んでくれていることを悟りました。私は、心が痩せてしまっていたのですね。父の娘として恥ずかしいと思いました。

 

そして父にこんなつらい思いをさせてしまったことを後悔しています。父も3年前に他界しましたが、入退院を繰り返すなかで、自分のできることはできたかなと思いますが、あの時はごめんなさいと言わずじまいです。

 

分かってくれていたと思っていますが、ちゃんと言葉で伝えていればよかったと思っています。以上です。まとまりのない文章で読みにくいですがよろしくお願いします。

 

今回この文章を書くことで私のなかで錘みたいになっていたものが、少し軽くなったように感じます。機会を与えていただきありがとうございました。

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