大分県の大学を卒業後、大手ゼネコンを辞めなければ良かったと後悔

はじめまして。大分県の中でも田舎な方で自営業(建具屋)の父親の会社で働いているKと申します。今年で36歳です。父親(67歳)の高齢化、職人の高齢化引退に伴い、売上利益が年々減少し将来に非常に不安があるため、建具屋をたたみ、近所の企業に就職しようと考えています。

 

しかし、田舎の企業の低賃金(フルタイムで働いて月収15万円以下が多数)、また建具屋という特殊な職業であったことによる、転職に必要なスキルのなさに絶望しています。

 

私は、県内の大学を卒業後、大手ゼネコン(いわゆるスーパーゼネコン、最大手クラスです。)の事務総合職として就職したのですが、わずか3年3ヶ月で辞めてしまいました。

 

今となっては、そのことが現在の絶望の大きさをより大きくしている気がします。大手ゼネコンを辞めず、そのまま働き続けていれば今の数倍の年収を得ることができていたと思うからです。

 

辞めた後、数年は、「よし、父親の会社を自分の力で、もっといい会社にするぞ!」と意気込んで張り切って頑張っていました。

 

しかし、見積価格に対する理不尽な値切り、追加サービス工事要求、職人の引退、父親との価値観の相違などを繰り返していく内に、年々やる気が失いながらも、悶々と仕事を続け36歳という歳になってしまいました。

 

父親との価値観の相違については、

 

・明らかに見積り段階で赤字になることがわかるのに、父親の金銭感覚からすると適正だと考え、その考えを変えない。そして予想通り赤字。

 

・遠方の採算が取れない仕事を辞め、その分を近場の仕事の質の向上に当てようと提案するが、父親にとっては日々仕事があれば採算なんて関係ないという考えのため、仕事の手直しが頻発する。

 

以上のようなことがありました。「人は変えれない、自分を変えろ」と思い聞かせましたが、社内の最良のパートナーであるべき人が敵の状態では、改善は難しかったです。無念です。

 

まだ病院にかかることは我慢しているのですが、最近になって精神的に鬱に近い状態が続き、夜な夜なネットで「転職」「鬱」など検索しては何事も解決しない日々が続いています。

 

しかし、そんな時にyoutubeで松田さんの動画を見つけ、一点の光明を見た気持ちです。私は今、実家で親と同居で結婚はしておらず、子供もいません。将来的に親を介護する時が来ると思っています。

 

その時、またその時までに何とか親を養えるだけの収入を確保したいです。現在の私が住んでいる地域、また私のスキルを考慮して、企業に勤めてもらう給料だけでは将来的に厳しいと考えています。

 

何とか現状を好転させたい、その一心です。散らばった文章で申し訳ありません。ご一読いただけると幸いです。宜しくお願い致します。

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