余命宣告を受けたが夢の中でお墓をまとめたお礼を言われ奇跡的に回復

少し昔の話になりますが、私の叔父が自治会で自治会長を務めた時の話です。

 

区内のお墓をまとめて供養することは出来ないものか?と言う相談があり、それに対して今までの自治会の対応は「何も出来ない」と言う答えしか出せませんでした。

 

しかし叔父はここから一歩進めて、この要望の内容を聞くことにしたらしいです。聞いてみると、誰からも参拝されないお墓が多数存在しているとのこと。

 

そのお墓を一箇所にまとめて供養することができたら区民も気兼ねをすることなく、お墓参りをすることが出来る。墓守が存在しないお墓があるので区民でお参り出来るようにして欲しい、とまあこのような内容の要望だったように思います。またこの時期を同じくして叔父はお寺の世話役も兼ねており、計画はすぐに立ち上げられ、実行に移されたように聞きました。

 

この時期から叔父は色んな人から慕われるようになり、忙しい日々を過ごしたようです。この後自治会長の任期を無事終えるのですが、何年か後叔父は大病を患います。

 

医者からは余命宣言を言い渡され、後は死を待つのみの状況だったのですが、病状が改善し手術を受けることが出来るまでに回復します。この後手術は成功し、健康を取り戻すことが出来ました。

 

しかし、この時医師から聞かされた事は、どう考えてもあの状況下で健康を取り戻すことなど不可能で、どのようなことが患者さんの体の中で起こったのか?あり得ない不思議な出来事が次々に叔父の体に起きたらしいです。

 

ただ叔父から聞いた話では、長い長い夢を見ていた様な状況で、夢の中で「色々私たちの事でお世話になってありがとうございました」と大勢の人から礼の言葉をかけられたのを覚えているように聞きました。顔ははっきりと覚えてはいないし、見たことの無い人だったというのも聞いた話です。

 

この大勢の人というのは、いったいどこの誰なのかは判りませんが、おそらくあの区内のお墓で供養された方ではないのかなと思っております。

 

医者からも見離されてしまうような病状にまでなった叔父ですが、今まで誰も出来なかった事を成し遂げた叔父の功績に対して、ご先祖が地区の先駆者が叔父の命を助けてくれたと考えても良いような出来事でした。説明のしようの無い事ですが、他にも私たちの気のつかないところでたくさん起こっているのかも知れません。

 

私たちは自分で生きているのではなく、生かされていると言う人がいますがおっしゃる通りですね。

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