自動症は電気刺激でも起こせるが、てんかんは自然に起こるもの

松田 豊 様、貴重な情報及び多くのチャンスを頂き有難うございます。私は、今回、脳と心との関係について世間一般の考えと真逆の考えがあることを紹介したいと思います。

 

【脳と心について世間一般の考え:唯脳論】

 

脳と心に関する世間一般の考えは、唯脳論だと思います。唯脳論は、東京大学医学部教授で解剖学者:養老 孟司 氏等により主張され、教育水準が高く科学的合理性に富んだ現代日本人の多くの支持を受けています。

 

唯脳論は、一言でいえば、「心は脳の働きであり、脳を離れて心は存在しない。つまり、脳と心は一体である。」というものです。

 

これは、科学的合理性を重視する現代人に理解されやすい考えです。即ち、脳は物質的存在であり、心はその機能乃至作用であるというのが、唯脳論の結論です。

 

唯脳論が正しければ、輪廻転生や幽体離脱はあり得ず、幽霊や霊魂等は完全な世迷言ということになります。なぜならば、人が死ねば脳は死に、心は脳の死を以て存在しえなくなるからです。

 

現代人の合理性にマッチする、どこからも文句のつけようのない結論であるといえるでしょう。

 

しかし、その唯脳論に反する説を展開する学者がいました。それもただの学者ではなく、脳神経外科医として豊富(おそらく世界一豊富)な経験を持つノーベル医学・生理学賞を受賞したワイルダー・ペンフィールド博士です。

 

【ペンフィールド博士の脳と心の関係についての理論】

 

ペンフィールド博士について重要なのは、ノーベル賞を受賞したかどうかではなく、脳神経外科医として優れた外科技術と系統的な所見の記録法を身につけ、神経外科の豊富な臨床経験を持ち、その豊富な経験に基づいて脳と心の関係について理論を構築されていることです。

 

その博士の理論は、結論から先に言えば、「心は脳と直結はしているが、別の存在であり、その心が脳のその直結した部分から脳の他の部分にその命令を伝達するようになっている。」というものです。

 

そして、博士は、脳の心と直結した部分の仕組みに対して「最高位の脳機構」という名称を与えています。

 

ペンフィールド博士は、脳神経外科医として最初からこのような結論に達していたわけではなく、そのような結論は死の数年前に刊行された「脳と心の正体」という著書で公表されました。

 

では、なぜそのような結論に達したかについて述べます。

 

それは、博士が同僚とで被験者に対して脳の側頭葉の或る極めて狭い部分に電気刺激を加えて奇妙な自動症(夢遊病者の様に無意識的言動を行い、その後その電気刺激を取り去ると元に戻るが、その無意識的行動に関しての記憶を残さないという症状)を起こさせることができるという実験がもととなっている。

 

ちなみに、てんかんは、人為的な電気刺激によることなく自然に生じる症状であり、ペンフィールド博士は、てんかんについての権威者でもある。

 

その電気刺激を与えて自動症を起させることができた部分を前述の「最高位の脳機構」とし、その脳機構の本来の機能が失われると、目的をもった計画的な合理的行動を採れなくなるが、本来の機能が正常に働いているときは、の最高位の脳機構が心と脳の橋渡しをする役割を果たすのではと、博士は豊富な臨床経験から考えた。

 

脳は、最高位の脳機構が本来の機能を保っている場合において、それ以外の或る部分が損傷などを受けると、当然ながらその機能は失われるが、それ以外の機能は正常に働く。例えば、脳の聴覚機能を司る部分が損傷などされると、当然に聴覚機能に支障をきたす。

 

しかし、それ以外の機能、視覚機能、絵画等美術鑑賞機能、その他身体の各種機能は全く失われない。しかし、最高位の脳機能が本来の機能を失うと、脳全体はどの機能も発揮せず、自動症という例えばてんかん等ような異常状態を惹起するということである。

 

例えば、旧ソ連の或る作曲家は、事故で脳の言語機能を司どる部分が損傷を受けて口頭で自分の感情、意思を述べることはできなくなったが、感情豊かな多くの旋律を論理的に配置した素晴らしい曲を次々と作曲をし、作曲についての能力は質的にも量的にも全く衰えないという作曲人生を送った。

 

そのようなことから、最高位の脳機構を、心による命令を脳に対して伝達する機関としての役割を果たすものと位置づけ、心を脳と一体ではなく、別のものであると結論付けたのである。

 

そして、人が生きて脳と心が活動しているときに、外部から何らかの形で自分の心が何らかのエネルギー受けて他の人の心とが交信できたとすると、人が死んでも心はそのエネルギーを受けて存在しうる可能性があるのかもしれない。そのエネルギーは現在の科学ではまだ把握できてはいないけれども、将来発見される可能性はある。

 

すると、脳から心が遊離して存在し得るという可能性を残すものであり、輪廻転生や霊魂、幽霊、幽体離脱等の存在の可能性を残すものである。

 

以上のことから、唯脳論が絶対に正しく、霊魂、幽霊、輪廻転生はありえないという理論には、私は与しません。

 

敬具

 

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