設備系メンテナンス系の会社に就職。頭を殴られ刑務所のようだった

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また、ステップ4までのご教示ありがとうございました。続けて学ばせて頂きたくメール致しました。

 

振り返ると、私が就職した80年代の後半は今ではあまり考えられない、まるでいじめのようなブラックの就業体制だったようにおもえます

 

設備系メンテナンス系の会社に高卒で就職しましたが、業務開始はAM8:00~PM17:30という事で、初日に7:30に出社しました。

 

いきなり社長にどやされ、「働く精神がなってない。他の社員は5:30には出社して今日の仕事の準備をしているんだ」と頭を殴られたのが社会人第一歩目でした。

 

体力は当時若かったので自信がありましたが、体力勝負の職種で、帰宅すると日付を跨ぐことも度々で、思考力が日に日に無くなって行くのを感じながら毎日作業をしていました。

 

車輌通勤していたのですが、3ヶ月位過ぎた頃には、会社の土地に自家用車を止めているとの理由で、月6000円を給料から引き落としされるようになりました。

 

当然車輌通勤は可能だという話でしたから何か違和感を感じつつも、意見を言える環境でもなく泣き寝入りしておりました。

 

後でわかったのですが、他の社員からは駐車料金は徴収しておらず、いわゆる気に入らない社員のいじめ処置のようなものだったのかもしれません。

 

また、会社の経営しているアパートへ入居しておりましたが、社員割引で格安入居しているのだから、周辺の草むしりやゴミステーションの掃除は当たり前だといわんばかりに管理人業務も兼務させられていました。

 

家賃も住人に聞いたところ、私のほうが他の住人より高額に給料から天引きされていました。

 

普段から暴力と暴言で、恐怖により言いたいことを言えない環境にして従順させる手口は、まるで刑務所のようだ(入所したことはありませんが)とおもいながらも、退職したのは一年後でした。

 

友人とある日近況の話題でそれぞれの会社の話題になった時に、少し異常な会社だということに初めてきがつきました。

 

当時はまだブラック企業などと言う言葉も無く、仕事はつらいものだとおもって日々働いていましたので・・・当時は私よりも、もっとひどい環境で働いていた方も大勢いらっしゃたのではないでしょうか。

 

80年代は今と比べると、まだ仕事量が沢山あった分、今よりもマシな時代だったのでしょうか。

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